第十八話 相談≪consultation≫

 聖歴十九じゅうく年 トパーズ月十一じゅういち日。


 発現した使徒の力を抑制する魔術器を与えられ、脅迫混じりの従属を受け入れるしかなかったルーカスは——。


 早朝の鍛錬場。力の制御を身に着けるべく、訓練に明け暮れていた。


 魔術器の使い方は難しくない。

 力の解放レベルは全部で四段階。事前に任意のレベルの限定解除を申請し、解除コードを発行してもらう。そのコードを音声入力して魔術器を起動するだけだ。



(問題はその後。放出する力に制限が掛かっているとは言え、慣れぬ力を意のままに操るというのは至難の業だった。訓練を始めた当初は、あちこち壊しまくったな……)



 闇雲に振るっては、意図しない破壊を生んでしまう。


 試行錯誤の末、的確に対象へ力を作用させる媒介として、己の武器〝刀〟を選択したまでは良かった。


 しかし、今度は新たな問題が生じた。


 ルーカスは、周りに誰もいない事を確認して、刀を抜く。眼前には訓練用の標的まと巻藁まきわらが並んでいた。


 標的を視界に入れて、刀を左手に持ち替える。



「……ふぅ。第一限定解除! コード『Λラムダ-31451』!」

『コード確認。第一限定、開放リリース



 腕輪の魔耀石マナストーンが輝く。解き放たれた力は紅いゆらめきとなり、ルーカスはそれを自分の意思で刀身へまとわせた。


 ここまでは問題ない。

 だが、この状態で巻藁に一太刀いれると——。


 巻藁まきわらと一緒に刀も消し飛んだ。



「……ダメか」



 パラパラ、との残骸が落ちる手のひらを見つめて、ルーカスは溜息を吐く。


 力の制御という点では、成長を感じる。悪くない結果といえるだろう。



「でも、力を使うたびに武器も一緒に壊してたんじゃなぁ……。武器がいくつあっても足りない」



 武器との相性の問題かと思って、長剣、槍、弓なども試した。が、結果は同じ。破壊あるいは崩壊の力が対象へ作用する際——弓の場合は矢を放った時点で——武器も一緒に壊れてしまう。



(であれば、直接の拳、格闘戦はどうかと思ったが……)



 今度は逆に、拳で対象に触れても、力を発揮できなかった。


 身体の損傷を防ぐため、人間の脳にはあらかじめ安全装置リミッターが掛けられている。というのは有名な話だ。これが使徒の力にも無意識下で適用されたのではないか、と推察した。



「今のままでも、問題ないといえば問題ないけど……」



 ジョセフに言われた『肝心な時に使い物にならないようでは——』との言葉が脳裏をよぎる。

 しゃくだが、もっともだ。いくら優れた力を持っていようとも、使いたい時に使えないのでは、意味がない。



「さて、この問題をどう解決すべきか」



 ルーカスはしばし、黙考する。


 考えたところで答えは一つだ。困った時に頼れる人は、ここでは一人しかいないのだから。



「……レーシュに、相談してみるかな」



 力の開放を終えて、ルーカスは鍛錬場を出る。

 と、入口にはカフと呼ばれた青年が佇んでいた。


 〝出歩く際はレーシュかカフ、どちらかを伴う事〟を条件とされている為、見慣れた光景だ。


 ルーカスが彼を追い越して廊下を歩み始めると、彼は無言でルーカスに追従した。


 カフに話しかけた事はあるのだが——。



(無駄話するタイプじゃないんだよな。レーシュの補佐官でもあるって言ってたけど、何を考えてるのか、感情も読めないし)



 黙って着いて来られるのも居心地が悪い。と思いながらも、話題を振ったところでスルーされるだけなので、ルーカスは無言で与えられた自室へと向かった。



❖❖❖



 レーシュはお昼を過ぎて、夕方へと向かう刻限。おやつの時間ラ・デュ・グーテにルーカスの部屋を訪ねて来た。その手にを携えて。



「武器が壊れちゃう……ね。破壊、崩壊、どちらの力を解放した場合でも、同じ?」


「ああ。一太刀ふるうと武器がダメになる」



 ソファに座したルーカスは、頷いた。

 対面の彼女は——何やら忙しなく手を動かしている。



「……そっか。力については、ルキウス様が詳しいと思うから、聞いてみる。もしかしたら、魔術器も調整が必要かな。ジョセフ猊下げいかにも、話しておくね」


「悪いな、君に任せちゃって」


「いいよ。貴方が自由に動けないのは、知ってる」


「ありがとう、レーシュ。……ところでさ、さっきから気になってたんだけど……」



 ルーカスはレーシュの手元へ視線を落とした。彼女は先程から、持ち込んだあるモノ——陶磁器の茶器を、慣れぬ様子でいじり回している。


 テーブルの上には、綺麗に飾られたお菓子の乗ったケーキスタンド。これも彼女が持って来たものである。


 どうやらお茶を淹れようとしているようなのだが、ティーポッドの蓋を開けるにしても、茶葉を掬うのも、入れるのも。プルプルと震えている。とても危なっかしい手つきだ。



「……大丈夫か? 手伝おうか?」


「大丈夫。手、出さないで」



 お世辞にも大丈夫には見えないが、彼女はきっぱりと言い切った。


 ルーカスは入口に控えるカフへ視線を送る。いつも通りの無表情だが、彼は視線に気付くと首を横に振った。「好きにさせればいい」と言ってるように見える。


 レーシュはどうして突然、こんな事を始めたのか。理由のわからない行動には疑問しか浮かばない。


 彼女は湯の入った重そうな薬缶ケトルを恐る恐る持ちあげた。仮面を被っていても、緊張しているのがわかる。


 「手を出さないで」と言われた手前、無粋な真似は出来ない。


 それでも、大事に繋がりそうならすぐに助けようとルーカスは身構えつつ。カタカタと薬缶ケトルを揺らし、ティーポッドにぶつけながら注ぎ入れる彼女の姿を、固唾を飲んで見守った。

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