第五話 前兆≪presage≫
セイランが見守る中、朝はカレンと甘やかな時間を過ごして——。
ルーカスはカレンと共に物資の補給と輸送任務の為、近隣の村へ赴いた。
派遣されたのは、全部で四つの班から成る一個小隊
そこにセイランを始めとしたカレンの護衛騎士を加わえた、少数での任務だった。
行きはこれといって大きな問題もなく、昼前には村に辿り着いて物資の受け取りを済ませた。
そこから、昼食を兼ねた休憩を挟んでからの帰路。
同じ班に配属された騎士達が、こんな会話を繰り広げる。
「何だか、拍子抜けだなぁ。もっと怒涛の勢いで、アディシェス帝国が攻めて来ると思ったのに」
「わかるわかる。この様子だと、戦端が開かれる事はないんじゃ? って思っちゃうよな」
「公子様と王女様も、とんだとばっちりだよな。今日と言う良き日のために、長年準備して来られたのに」
「あーあ、見たかったなぁ、二人の晴れ舞台」
「っと言っても、オレらみたいな一般民は、式に参列できないけどな?」
「雰囲気だけでも味わいたかったって話だよ」
彼らは荷馬車を引きながら、何の気もなしに笑っていた。
「任務中に私語とは、たるんでいるぞ! 気を引き締めろ!!」
と、班長は彼らを
このまま何も起こらないのではないか——と。
(……
俺も……その内の一人)
しかし、例え油断がなかったとしても。
この後の出来事はきっと、誰にも防ぎようがなかった。
ただ、思い返せば異変の始まりには〝前兆〟があった。
それを感じたのは、駐屯地まであと一息の距離に差し掛かった頃。
馬の休息に、足を止めた時だ。
「……あれ? なんか揺れてる?」
真っ先に気付いたのは彼女。
野外での任務では淡々と、軍紀に沿った行動を取っていたカレンだ。
彼女が奔放に振舞うのは、あくまで時と場所をわきまえての事——立場を笠に来て押し通す我儘とは違う——ので、真面目な様子にも別段驚きはしない。
「揺れてるか?」
「うん。ルーカスは、感じない?」
疑問符を浮かべる彼女を前に、ルーカスは水筒を
——と、微弱ながら。
本当に微弱ながら、大地の揺れを感じられた。
「確かに……揺れてるな」
静止して知覚しようと思わなければ、気付く事ができないほど僅かな揺れだ。
続いて、セイランと護衛の騎士、班のメンバーと言った具合に行動が伝播してゆき——。
最終的には小隊長まで伝わった。
すると彼は険しい表情を浮かべて、班長の一人を呼んだ。
「……本陣から何か連絡は?」
「いえ、今のところは何も。先ほどの定期連絡でも『動きなし』との報告でした」
「そうか。ならば、ただの自然現象か……?」
「念のため確認をとってみましょう」
遠巻きに隊長達の
「休憩は終わりだ! 一刻も早く、本隊へ戻るぞ!」
隊長の一声で、緊張の糸が張り巡らされる。
現状を踏まえれば、何を疑っているのかは想像に
——大地の揺れは、軍隊のような大人数が移動した際にも生ずる。
万が一を思い浮かべるのは、当然の流れだ。
(……ここでも、俺は…………間違えた)
遂にその時が来たのかもしれないと疑って、何もしなかった訳ではない。
「カレン、離脱しよう」
と、ルーカスは提案した。
有事には彼女の安全を最優先にし、独断専行を許されていた為、軍規違反には当たらない。
これは周知の事実である。
故に咎める者はなく、むしろそうすべきだと薦める声が上がった。
(だが、カレンは……)
「何言ってるのよ。まだ何も不確かなこの状況で、一人だけ逃げ出すわけにはいかないわ。
本陣からも一報はないのでしょう?
仮にそうするとしても、今じゃないわ」
笑って一蹴した。
「何かあっても、私も戦える。セイランや護衛のみんなもいる。
何より、強くて過保護な婚約者が守ってくれるもの。怖いものなんてないわ」
二言目には威風堂々と言われて。
寄せられた信頼に、ルーカスのちっぽけな自尊心が満たされた。
だから、彼女の意思を尊重しよう、と考えが傾いてしまったのだろう。
「……わかったよ。なら、」
「『俺の傍を離れるな』でしょ? 流石にわかっているわよ。このやりとり、二回目ね」
くすくす、とカレンは笑って、
(待ち受ける運命など知らず、無邪気に……。カレンは笑っていた)
小隊は隊列を整えて進んだ。
行きよりも速度を上げて、迅速に。
そうして、帰り着いた本隊は——。
懸念とは無縁に平和だった。
予定よりも幾分早く戻った小隊の様子に「何かあったのか?」と逆に心配されたくらいだ。
大地の揺れはただの自然現象で、帝国軍とは無関係。
小隊長を筆頭に「
——かくして、これが嵐の前の静けさとなる。
小さな〝前兆〟はいくつもあった。
例えば、もう一つ。
これはごく一部の人間、主に通信課に所属する者しか気付いていなかった事だが、リンクベルによる通信が繋がりにくい状況にあったらしい。
似たような症状はこれまでにもあり、完全に通信が絶たれたわけでもなかったので、さほど重要視されなかったのだ。
このように些細な出来事を「問題ない」と気に留めず、悠長に構えていた。
誰もそれが重大なサインであるとは気付けないままに。
悲劇の幕が上がったのは、とある異国で〝
(夜の
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