第四話 幸福≪bonheur≫
聖歴
カレンが二十歳を迎えた生誕の日。
どこからともなく現れた脅威——
それの襲来が、悪夢の始まりだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……カレン、カレンッ!!」
ルーカスはもがき、手を伸ばした。
全身を覆う黒塗りの鎧と得物の剣を鮮やかな赤に染め、生臭い鉄の香りを漂わせた男と睨み合うカレンへ向かって。
男はアディシェス帝国第二王子。
アレイシス・ドゥエズ・アディシェス。
ヤツは〝
カレンはそんな男と戦った。
距離によって弓と剣、二つの武器を切り替えながら、魔術による雷鳴を纏い走らせて美しく。
敵わないと知っていても、
そして——。
——カレンは、敗れた。
「……っぁ、うぐ!」
血に塗れた男がカレンの
「その……汚い手で! 彼女に、触るなあぁあ!!」
「くはははっ! 女一人守れず、
男が
愉悦に顔を歪ませている。
体は、動かない。
動かそうにも敵兵によって地へ縫い止められてしまっていた。
味方の兵はとうに
カレンを守ろうとして、真っ先に犠牲となった。
「さて、気高き王女様。オレを飽きさせてくれるなよ? 飽きたら……殺しちまうからなァ! くはははは!!」
「やめ、ろ……っ、やめろ! やめてくれ!! カレン——ッ!!」
この場で彼女を救えるのは、自分以外にいないというのに。
ルーカスは一切の行動を許されず。
(俺は……見せつけるように行われる
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
戦場で迎えたカレンの生誕日。
早朝に目覚めたルーカスは日課である鍛練を済ませると、国境に
軍に籍を置いているが、彼女は王女。
一般の騎士と同じように、野外に建てた軍幕で過ごさせる訳にはいかないので、自然な計らいだ。
「カレン、起きてるか?」
扉をノックする。
と、すぐに開かれた。
出迎えたのは黒を混ぜた暗い青髪の女性、護衛の騎士セイランだった。
カレンはというと——。
「おはよう、ルーカス。入って来て」
鏡台で身支度を整えているところだった。
こちらに目もくれず、後ろ髪の上半分を結い上げている。
さらさらと流れる黄金色の髪が綺麗だな。
でも、
なんて事を思いながら、ルーカスは部屋へ足を踏み入れて、カレンの隣に立った。
「これで終わるから、あと少しだけ待ってね」
カレンは依然と鏡を見つめている。
その言葉通り、もう間もなく編み込み作業が終わりそうだったが——。
ルーカスは待ちきれず、彼女の眼前にある物を差し出した。
今日は彼女が生を受けた大切な日。
一秒でも早く伝えたかった。
「カレン、誕生日おめでとう」
ぱちくりと、大粒の
ルーカスが差し出したある物——小さな花束を視認して、
「え、嘘……どうして?」
「どうして……って。まさか、自分の生まれた日を忘れた訳じゃないよな?」
「勿論、忘れるわけないわ。そうじゃなくて、この花……」
ルーカスが用意したのは、彼女の名前が入った黄色の鑑賞花を束ねたもの。
花言葉は〝変わらぬ愛〟。
「君への想いを伝えたくて、準備したんだ」
この近辺では時期を過ぎているため、秘密裏に王都から取り寄せた。
我ながら、遠回しで気取っているとは思う。
が、たまにはこういう演出も悪くないだろう。
ルーカスは驚きに固まるカレンヘ花束を手渡して、それから、軍服のポケットに忍ばせたもう一つの贈り物を取り出した。
手のひらに収まるサイズの長方形の箱。
中には
それをカレンと自分、それぞれの片耳へ
「これって……」
お互いの瞳、
「ピアス型のリンクベルだよ。どうせなら、プレゼントは実用性のあるものを、と思ってさ」
「リンクベル!? しかも、こんな小型の。ものすごーく高かったんじゃない?」
「まあ、それなりに。でも、これがあればいつでも連絡を取れるだろ?」
軍で常用しているので利便性は熟知している。
一般への普及はまだ始まったばかりな上、小型化された物は高価だが、可愛い婚約者の特別な日に贈る品だ。
これくらいの贅沢は許されるだろう。
(……それに、帝国の事がなければ今頃、結婚式を挙げていたはずだしな)
彼女が十代から二十代へ芽吹く節目の日。
本当なら今日は、一生の思い出に残る華やかな記念日となるはずだった。
(だから、これでも足りないくらいだ)
ルーカスは片膝を付き、ピアスに触れるカレンの手を引き寄せて、
「ニ十歳おめでとう、カレン。まだ、いつになるかわからないけど……王都へ帰ったら改めてお祝いしよう。延期した式の日取りも、決めないとな」
と、手の甲に唇を落として微笑んだ。
瞬間、カレンの頬が
ルーカスの視界は、伏せた
唇に柔らかな感触。
手も、彼女の手に絡め取られている。
甘い熱が、伝わって来る。
ルーカスは静かに瞼を閉じて、カレンの行動を受け入れた。
——
「ルーカス、ありがとう。大好きよ!」
と、カレンは言った。
贈った花の様に満開の微笑みを浮かべて。
カレンの笑顔は魅力的だ。
いつも素直に愛情を表現してくれるのも、ルーカスは嬉しかった。
言い換えれば快活であるというだけのこと。
一見、
「ああ、俺も——」
「大好きだ」と、ルーカスは彼女の耳元で
そうしたのは、ある事を思い出して恥ずかしくなったから。
うっかり二人の世界に浸って、忘れていたのだ。
部屋の入口にセイランが控えている事を。
一部始終を見たセイランが赤面していたのは、言うまでもない。
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