序幕 光が囁く、星への警鐘

 北の大神殿、神の真意ダアト——地下にある隠された十一じゅういち番目の宝珠の祭壇セフィラ・アルタール


 そこは世界に十ある祭壇さいだん惑星延命術式女神のゆりかごを稼働させるための術式を展開させるための心臓部だ。


 巡礼団は聖都フェレティへ帰還する前、神の真意ダアト宝珠の祭壇セフィラ・アルタールおとずれたのだが——。



『教団の掃除をする間、ツァディーはここで待っていて。君がその手を汚す必要は、ないからね』



 ノエルはツァディーの頭を優しく撫でながらそう告げると、彼女を置いて教団本部へと帰還してしまった。


 一人残されたツァディーは、彼らが戻って来るまで手持ち無沙汰ぶさたな時間を過ごしていた。



あるじ様たち、遅いな……」



 入り口付近の階段で座り込んだツァディーのぼやき声が、広大な地下の空間に反響する。


 神の真意ダアト宝珠の祭壇セフィラ・アルタールは、他の十の祭壇さいだんとは様相ようそうが異なり、地下だと言う事を感じさせない程明るく、そして広い。


 明るさのみなもとは空気中にきらめく銀色のマナと魔輝石マナストーン


 大樹の根が張る天井と壁を、六角柱ろっかくちゅう状に隆起りゅうきした水晶のような魔輝石マナストーンおおっている。


 ツァディーは光の加減で七色に輝く美しいそれを目に映して、眉尻まゆじりを下げた。



(——ここに居ると、悲しい……気持ちになる)



 そう思ってしまう原因は、わかっている。


 ここに生成された魔輝石マナストーンは、世界のために身をささげた〝彼女達〟がのこした生命いのちの輝き、その残痕ざんこんが結晶化したもの。


 この空間を埋め尽くす規模となると、一体どれだけの人が犠牲になったのか——。



「単純に綺麗だなんて、思えないよ……」



 ツァディーは胸に積もる悲しみを吐き出すかのように、溜息を付いた。






 静かな空間。



『————』



 ツァディーは「キーン」と、金属音のような高い音が聞こえて、片耳をおさえた。


 周りは静寂せいじゃくに満ちている。

 よくある耳鳴りの現象、しばらくすれば収まるだろうとツァディーは思った。



『————、——!』



 だが、音は一向に鳴り止まず。


 それどころか音が増えて重なり、二重奏デュエット四重奏カルテット七重奏セプテットへと変化を見せ、ひどくなっていった。



『————! ———』



 たまらず、両耳を手でおおまぶたを伏せる。


 そうしたところで耳鳴りが収まるはずはないのだが、無意識下で防衛本能が働いたのだ。


 ——耳の奥で、音が木霊こだまする。


 まるで、誰かが耳元にいるような気配と、叫びにも似た音が段々〝声〟として認識されていく感覚があった。



『——【星】の——よ、聞——て、——』



 そうして、ツァディーは脳裏に響く声を聞き、さとる。


 やっぱり「誰か」が自分にうったえかけているのだ、と。


 まぶたを開けて、周囲を見渡す。

 けれどえるのは一面に輝く、魔輝石マナストーンだけ。



「……だれ……?」

『——ス——、光————。星詠ほしよ——、——を』



 言葉として聞き取れなかった大部分が、高い音として鼓膜こまくを鳴らした。


 かろうじて単語としてわかるのは「光」と「星詠ほしよみ」の二つ。


 星詠ほしよみはツァディーが宿す神秘アルカナが与える、使徒としての力。

 断片的に未来を予知するものだ。



「未来を……、れば、いい?」

『————!』



 力強く高い音が鳴る。

 「そうだ」と言われた気がした。


 ツァディーは立ち上がり右手を胸の位置にかかげると、神秘アルカナに願った。

 


『……天体の星々よラ・ボア・ラクテ幻視げんしの扉を開きてうつせ、星の行く先を——』



 左胸にきざまれた聖痕せいこんが熱を持って応える。

 手のひらにマナが集まって、漆黒しっこくの球体を生み出していった。


 球体はその中でまたたく星の動きによって〝未来〟を見せてくれる。


 これまでも何度か未来を見たが、星が暗示あんじするのはいずれも破滅はめつ


 確定した未来を示すものではないので、内容は抽象的ちゅうしょうてきである事が多い。


 見方によっては異なる解釈かいしゃくも出来るが、今回も結果は大きく変わらないだろう、とツァディーは思った。


 ——けれど、どうしてかみょうな緊張感に襲われる。


 マナに満たされたこの場所のせいか、いつもより感覚がまされている。


 未知なるものが開花する感覚——早まる鼓動と不安に、唇をんだ。


 ツァディーが球体をのぞき込もうとすると、それは前触れもなくはじけた。



「え!?」



 何もないうちに、このような現象となるのは初めてだった。


 驚きに目を丸くしていると、彼女の周囲に光があふれ、一つの場面を切り出した静止画が、絵画のように次々と浮かんだ。



「これ、は……」



 神秘アルカナが自分に与えた力だと、ツァディーは理解した。


 新たな力は女神が【星】へおく啓示けいじ

 〝流れ星が見せる夢エトワール・フィランテ・ル・レーヴ〟。


 これから起こり得る〝未来〟を、切り取って映写えいしゃする力。


 発現はつげんした力によって映し出された何十枚もの映像が、彼女を取りかこんでいた。


 その一枚一枚をツァディーは瞳に焼き付けて、内容をみ取っていく。


 ——全てを見終わった時、何故星詠ほしよみは破滅はめつの未来を示唆しさしていたのか明確となって、ツァディーは戦慄せんりつした。



「……だめ、こんなの……だめ、だよ……っ」



 えた未来は直近でいくつかに枝分かれしていた。


 どの道筋へも代償だいしょうなしにはいたれず、うち二つは完全なる最悪な結末バッドエンド


 闇に飲まれて全ての輝きが消えてゆく、世界の終焉しゅうえんに繋がっていた。


 分岐の鍵は光。

 どれかでも失われれば、その時点で未来が閉ざされる。


 ——そして、ツァディーは気付いてしまった。


 自分たちは無意識のうちに〝それ〟の支配下に置かれていたのだと。


 指先が冷えて、全身の熱が引いていく。

 今までうたがった事のなかった意思を、信じていた柱の崩れ去る音がした。



「女神様……どうして……?」



 神秘アルカナは女神の恩寵おんちょう、その意思をたっとしもべの証。



(それなのに、なんで……っ)



 ツァディーは肩を抱きしめ、込み上げた涙をあふれれさせた。


 世界の真実を知った時もそう。

 いつも後戻りが難しい場所に立たされて初めて、真実を知る。


 何故、もっと早くに気付けなかったのだろう、と自責の念に襲われる。



『——まだ、間に合う。ステラよ、みちびくのじゃ』



 これまで聞こえなかった声が、はっきりと聞こえた。


 

「でもどう、すれば……」



 ツァディーは天をあおいで問い掛けるが、それに対する答えは返ってこなかった。

 耳鳴りは完全に収まり、気配も消えている。


 ついでに流れ星が見せる夢エトワール・フィランテ・ル・レーヴで映写された未来の映像も、見えなくなっていた。






 「みちびけ」と言われても、その方法が思いつかない。


 けれど——「行動しなきゃ」と、強い使命感がき上がって、ツァディーは肩を抱きしめた手で涙をぬぐった。


 どうすればいいのかはわからない。

 けど、何をするにしても、行動する前に気付かれてはいけない。


 ——彼女に。



「……気を、付けなきゃ」

「何に気を付けるの?」

「ひゃあ!?」



 意識していなかった背後から、鈴を鳴らしたような声が聞こえて、ツァディーは心臓が止まりそうになった。


 振り返ると、うるんだ大きな鮮やかな桃色ロードクロサイトの瞳がツァディーをじっと見ており、赤紫色クロッカスの髪の側頭部にえられた、三日月形の金の髪飾りと、左右の高い位置に作られたおだんごが目にまった。



「なぁに? そんなに驚いて」



 自分と同じくらい幼い容姿をしているのに、つやがあって色香を感じさせる少女が、首をかしげた。


 少女は【悪魔】の神秘アルカナを宿す使徒、アイン。


 もう一つの名はディアナ。

 ある国の言語で、光を反射して輝く〝月〟を意味する名前。



 ——彼女は……。


 彼女こそが——。



「ステラ?」



 本名を呼ばれたツァディーは心拍が早まり、からからとのどかわくのを感じた。



(ディアナちゃんに、変だと思われたら、だめ)



 ツァディーはそう思って普通に言葉を交わそうとしたが、上手く音が発声出来ず、狼狽うろたえてしまう。


 そうしていると、彼女の後ろから、マナと同じ銀色の髪を輝かせたノエルが姿を現わした。

 他の使徒達の姿も見える。



「ツァディー、どうしたの?」



 ノエルがアインの横を追い越して、ツァディーの前に立った。



あるじ、様……」



 ようやくしぼり出した声は、頼りなく弱々しい。

 消え入りそうな音だった。


 大きくて少しひんやりとした手がツァディーの頭に乗せられ、あわい青色の瞳が同じ目線へやって来る。



「大丈夫?」



 向けられたのは、憂慮ゆうりょする眼差し。


 氷のように冷たくなることもあるけれど、本当はとても優しくて綺麗な色をした瞳である事を、ツァディーはよく知っていた。

 

 ノエルの姿と瞳を見て、ツァディーにあらがえない感情が芽生える。



(——まもら、なきゃ)



 それは、使徒の本能とツァディーの想いが合わさったもの。


 敬愛と尊敬、それから——愛情。


 〝女神の代理人〟だからではなく、彼への真心が胸の中に——ある。


 本能のささやきと、自分の想いを認識したツァディーは、感情のおもむくままにノエルへ抱き着き、彼のぬくもりを感じて、決意する。


 自分こそが真の導き手となり、最悪な結末バッドエンドへ向かおうとする彼の道筋を正すのだ、と。



(主様……ノエル様を……守る)






 ——【ほし】は輝く希望へみちびく者。


 彼女は新たな未来を切り開くため、覚悟を決めた。

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