番外編 双子のお姫様 ≪前編≫
聖歴二十二年
ルーカスは長期の任務を終えて王国へ帰還し、久しぶりの休暇を王都内の邸宅で過ごしていた。
この日は丁度、
——シャノンがとんでもない発言をしたのはそんな時だった。
「ね、お兄様。男の人って何をされたら嬉しいの?」
「ぐっ!?」
ルーカスは手に持ったカップを落としそうになり、口に
何とは何か。
カップを持つ手が震えて、ソーサーへ置こうとしたら動揺を表すように
左手に座ったシェリルから、盛大なため息を
「お姉様、その言い方はちょっと
「え?」
右手のシャノンへ視線を移すと、きょとんと
何のことかわからないといった表情だ。
その様子に
(うん、シャノンは
「驚かせて申し訳ありません、お兄様。
えっと、つまりお姉様が言いたいのはですね……」
「ああ、いや、大丈夫。何となく察した。
……女性のどんな行動に
深読みせず、言葉の通り受け止めれば
シャノンが茶器やお
「そう! 私が言いたかったのはそれよ。『男の人の気持ちは、男の人に聞くのが一番』って言ったのはシェリルでしょ?」
「それはそうなのだけれど。お姉様の場合、
「どうして? 普通に聞いただけじゃない」
「……いえ。それでこそお姉様ですね」
問題点を理解しておらず疑問符を浮かべるシャノンに対し、シェリルはため込んだ息を再度
(妹達からこんな話題が出るようになるなんて、時の流れは早いな……)
ルーカスは
双子の姉妹が生まれたのは、ルーカスが九歳の生誕日を向かえた年の、冬が明けて春へ向かう頃——。
グランベル領地・ラツィエル。
通称〝
まだまだ空気が冷え込む夜明けに、猫の様な泣き声が聞こえて、その日は目を覚ましたんだ。
ベッドを抜け出して自室を出ると、
そうしていると、この時はまだご
「おや、ルーカス。起きたのかい?」
扉の前に立ったこちらへ気付いて足を止め、寒がる仕草を見せる自分に、祖母が
祖母のぬくもりを
「お
「ふふ。丁度良いタイミングだったねえ。一緒にご挨拶に行きましょうねえ」
祖母は母と同じ桃色の髪を片方の肩で三つ編みにまとめており、
「挨拶って誰に?」と、考えていると、
手を
部屋の扉は開け放たれており、入口を守るように騎士が立ち並んでいた。
祖母に手を引かれて部屋の中へ入ると、公爵家に仕える侍女が駆け回る姿と、侍医のファルネーゼ
ベッドには横たわる母と、寄り添う父の姿があって、心なしか疲れた様子の母上に、最初は具合が悪いのかと思った。
けれどよく見ると、とても嬉しそうな微笑みを浮かべて腕の中へ
あの瞬間は、「一体、何をそんなに嬉しそうに見てるのかな?」と、不思議に思ったものだ。
「お父様、お母様」
祖母の手を握ったままベッドの側へ歩み寄ると、二人が満面の笑みを浮かべた。
「ルーカス、起きて来たのか。こちらへおいで」
父が腕を広げて迎え入れる姿勢を取ったので、祖母の手を放し迷わずその胸へ飛び込み筋肉質の
しばらくの間、父の温かな体温を楽しんで体を離すと、父と母の顔を交互に見て問い掛けた。
「お二人とも何を見ていたのですか?」
父は笑みを崩さず、ベッドに横たわる母の腕の中にあるそれを大きな手で示して見せた。
「産まれたんだよ、ルーカス」
——その言葉の意味はすぐに理解した。
母のお腹には新しい命が宿っていて「もうすぐ弟か妹が産まれるのよ」と聞かされていた。
学問や教養を学ぶ過程で知識は得ていたし、日々大きくなっていくお腹を
慌てて父が示した先を
するとそこには、白い布に包まれたとても小さな、小さな赤い存在〝赤子〟がいた。
それも一人ではなく二人。
知識はあっても、実際に〝赤子〟——赤ちゃんを目にするのは初めてで、初めて
「二人とも女の子よ。妹が出来たわね」
「僕の……妹」
「
母の言葉を飲み込みながら、父の問い掛けに素早く大きく
まさか二人も妹が出来るとは思っていなかったので驚きはあったが、家族が増えた喜びに胸を
そうして待っていると、父が白い布にくるまれた状態の赤ちゃんをゆっくりと運んで来て、腕を広げて受け止め、落としてしまわないよう慎重に抱きしめた。
重さはそれほど感じられなかったけれど、腕にじんわりとした温かさがあって、確かな命の鼓動を感じた。
まじまじと見つめて
初めて
だからその時、思った。
産まれたばかりで弱々しい赤ちゃん。
兄として、妹達を、双子のお姫様を守らなきゃ——と。
それに——。
「可愛いでしょう?」
密かな決意を胸に、妹を見つめていると母が言った。
そう、とても可愛かったんだ。
今だからわかるが、二人を目にして
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