第七話 城郭都市オレオール

 ルーカス達は朝食を終えると、騎士団本部に向かうため邸宅から馬車へと乗り込んだ。


 馬は白馬、白塗りのキャビンには金に縁取ふちどられた窓と扉があり、装飾と車輪も金で色取られていた。


 扉のない方の窓側には公爵家の紋章——盾と剣と王冠、そして翼を持った白馬のいななく姿がえがかれている。


 ルーカスのエスコートでシャノンとシェリルが乗り込み、二人は隣合わせに座った。

 最後にルーカスが乗り込み、反対側へ腰を降ろした。


 グランベル公爵邸は、エターク王国首都・城郭都市じょうかくとしオレオール——中心部の王城を起点として、放射状に作られた都市の内部にある。

 

 都市の外壁には十の監視塔があり、外周は水を引き込んだ堀で守られている。

 また首都をかこう堀は、上空から見ると十多角形じゅったかっけいの星状になっているのが特徴だ。


 入口の門は北西・北東・南東・南西の計四ヶ所。


 堀を渡るため掛けられた橋は、いずれも跳開橋ちょうかいきょうとなっており、有事には橋を上げ下ろしする事で通行の制限が可能である。


 ルーカス達が向かう騎士団本部は行政区にあり、王城の置かれた中心地に位置する。

 公爵邸からは距離があるため、馬車での移動が基本だ。


 特殊な移動手段としては、設置型のマナ機関である瞬間移動門ワープポータル瞬間移動テレポーテーションの魔術も存在している。


 だが、前者は国家レベルで運用されている物で、後者は詠唱に魔術師が何十人、下手したら百に届く単位で必要で、一度に転移させられるのは一人〜二人が限度のため、どちらも一般的な移動手段としては非現実的である。


 近年では自走するマナ機関や、空を飛ぶマナ機関の開発に力を入れている国もあり、近い将来実現するのでは——と、期待の声が寄せられているが真偽のほどはさだかではない。


 そんな訳で、陸上は馬や馬車、海上は船による移動が一般的な移動手段となっている。


 ルーカス達はガタゴトと馬車に揺られ、通り過ぎる景色をながめながら、目的地を目指した。


 公爵邸は富裕層の居住区の北東、教育機関・研究機関アカデミー特区——簡潔に言うと、教養や専門知識を学ぶための学校等と、魔術やマナ機関の研究所と工場等が立ち並ぶ区画——との境界きょうかいに、限りなく近い立地にある。


  王立学院と王立研究所がすぐ近くにあるため、道中は学生服を着た幼年部から高等部の少年・少女、白衣に身を包んだ研究者たちの、行き交う姿が多く見られた。


 移動時間、暇を持て余したシェリルが「そういえば……」と、話題を振ってきた。



「お兄様、お父様は昨晩さくばんもお戻りにならなかったのですか?」

「ああ、急増する魔獣の対策会議と、もうすぐアルカディア教団教皇聖下による聖地巡礼ペレグリヌスの時期だからな。警備の配置に訓練、それとあちら側との調整に苦労されている様だ」



 アルカディア教団は、世界の中心にそびえ立つ世界樹の、その守り人によって開かれた宗教だ。


 世界樹のふもとにアルカディア神聖国と言う宗教国家を建国し、創造の女神を主神に、世界樹の守護と世界の秩序を守る事を教義・使命として、数多くの信者を世界中に抱えている。


 各国に教団が管理する教会を有しており、その理念と活動もあいまって、世界各国に多大な影響力をおよぼしていた。


 一説によると開祖かいそは、女神の子孫であったと言われている。


 聖地巡礼ペレグリヌスとは、世界各地に点在する女神をまつった祭壇さいだんめぐって祈りを捧げる旅である。


 めぐる神殿と祭壇さいだんの数は十。

 五年に一度、教皇聖下きょうこうせいかみずから神殿へとおもむり行う一大イベントだ。



聖地巡礼ペレグリヌスかぁ。昨年、教皇聖下が代替わりしたから、現教皇にとっては初めての行事なんだよね?」

「そうだ。それもあって例年以上に緊迫きんぱくしている。しばらくは家に帰れそうもないとなげいていたな……」

「お父様も大変そうですね。私たちにお手伝い出来る事があればいいのですけど」



 まだ下士官にも満たない自分たちでは、力になれないとシェリルが暗になげいていた。


 それを聞いたシャノンは何やら考え込み——しばらくして、良い事を思いついたとでも言いたげに目を輝かせ、人差し指を突き立てた。



「なら、次の休暇に差し入れを持っていくのはどう? お父様の好きな食べ物とお菓子たくさん用意して、お気に入りの茶葉も添えて!」

「名案ね。きっと喜んでくれると思います。ね?」



 「お兄様もそう思うでしょう?」と、同意を求める視線が送られる。


 役職柄、仕事熱心でワーカホリック気味ではあるが、父ならばどんな形であれ、自分を思いる家族の気持ちをないがしろにはしないだろう。


 仕事では冷静沈着と評価され常に強面こわもての父だが、家族と過ごす時間は別だ。

 普段からは想像もつかない優しげな顔に、抱擁ハグなどの惜しみない愛情表現をする。


 家族と過ごす父の顔しか知らなかったので、少年時代そのギャップに驚かされた事もあった。



「父上の破顔はがんした表情が浮かぶな」

「ふふ、そうと決まったら計画を立てなくちゃ」

「ついでにお兄様にも差し入れしてあげるね! 楽しみにしててね」

「楽しみにしてるよ」



 わいわいとはしゃぐ双子の笑顔を背景に、馬車は進む。


 国の重要施設を有する行政区は、厳重な警備体制がかれている。


 境界線は塀で囲まれ、巡回の騎士が見守っており、いくつかある通行門では騎士による検問が必ずおこなわれた。


 通行門に差し掛かったところで馬車は一度止められ、キャビン内部の目視と、身元の確認が行われた。


 この検問は相手が王族・貴族の誰でもあろうと顔パスは出来ない。

 危機管理の観点から、門を通る全ての人・物に実施されており、例外はない。


 警備に当たっていたのは若い青年の騎士と壮年そうねんの騎士で、キャビンの扉が開かれると、ルーカスに気付いた二人の男性騎士がすかさず敬礼をした。



「ルーカス団長お疲れ様です!」

「警備任務ご苦労様」

恐縮きょうしゅくです! 妹さんもご一緒とは珍しいですね」

「たまには一緒に出勤も悪くないと思ってな。お陰でにぎやかな朝の時間だったよ」

「公爵家の皆様は仲が良くてうらやましい限りですね。うちの妹なんて、反抗期で可愛かわいげがなくて——」



 人懐ひとなつっこい騎士の青年が世間話に花を咲かせようとしたところで、もう一人の壮年の騎士がごほんとわざとらしく咳払いする。


 内見と身元の確認が終わったのだから「これ以上引き留めるな」と言う無言の圧だろう。



「っと、失礼しました! 検問のご協力感謝いたします。どうぞお通り下さい」

「ああ。引き続きよろしく頼む」

「は!」



 二人の騎士は再度敬礼をして、公爵家の馬車は彼らに見送られながら、行政区内にある騎士団本部を目指して進んで行った。

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