4話 残虐に化する二ヶ月
人間が不死にならない限り廃れることがなく、どこででも必要とされる、食いっぱぐれのない商売。
これが表向きの商売に、葬儀業<テオス・サービス>を立ち上げたトニーのボス、代表者でもある
<テオス・サービス>での業務内容は、葬儀の執り行いに、ご遺体の埋葬。
ここでの業務は裏の本業<ジュエムゥレェン(掘墓人)>での仕事の範囲もひろげた。不要な人間の処理に、後片付け込みの強みが加わり、信頼度と収入面でのアップをもたらした。
市内最大の繁華街がある南区。その東側には寺院が集中しているエリアがある。
埋め立てられた現在に面影はないが、かつては近くまで海が広がっており、当時流行していた、夕日を眺めて西方浄土をおもう信仰の聖地であった所以といわれている。
その聖地の西の端、南区寄りの場所に<テオス・サービス>のビルがあった。
正面ドアにステンドガラスを入れ、キリスト教でのセレモニーも可能な点をアピール。それ以外は葬儀社として、一般的な外観の建物だ。
経営の堅実ぶりを表出させたような<テオス・サービス>の建物には、一般客には知らされていない地階があった。
トニーがここに降りることはあまりないが、どんな設備があるのか、なんのためにあるかは、もちろん知っている。空調を動かした程度では、どうにもならない淀んだ空気が、この地階にわだかまっていた。
そのなかの一室。
簡素なテーブルと椅子がおかれただけの、陰気くさく殺伐とした部屋にソニ・ベリシャはいた。
天井からぶら下がる頑丈なフック、床が手術室と同じ素材で造られている理由を知ってか知らずか。場の雰囲気に臆することなく、背を伸ばしてパイプ椅子に座っている。
手錠をかけられたままの両手を膝の上におき、見下ろしてくるバイロンに臆することなく、質問に答えていた。
バイロンの背後には、フットボール・プレイヤーのような体躯の男が控えている。この男にも最初に一瞥しただけで、ソニが見ているのは、あくまでバイロンだった。
対するバイロンも、物怖じしない子どもに興味をもち、問いを重ねていた。
属していた組織、関わった人間、仕事の内容といった諸々。遠隔地に本部がある組織だけに、バイロンも情報が少ない。あらゆることを質問していた。
血生臭いことを淡々と訊くバイロンの落ち着いた物腰は、彼女の年齢を不詳にさせている。
肩でそろえたストレートの髪に、控えめな化粧。ゆったりしたデザインのビジネスカラーのスーツは、堅実経営の葬儀社代表のイメージそのままで、本質を見抜かせない。
はっきりしているのは、徹底した能力主義をとっていることだった。
早くから死体ビジネスに目をつけ、意欲的に開拓したバイロンを、墓を暴き死体を食らう〝グーラ(女の屍食鬼)〟と呼んで蔑む古参幹部もいたが、成果で黙らせた。
トニーにしてみれば、生きた人間を食い潰して稼ぐ、ドラッグや売春と何が違うのかと思う。
バイロンの行動指針のなかには、手にある資源は最大限に利用することもある。見込みがあると判断すれば、相手が子どもであっても、無下に追い返すことはしなかった。
ボスの気を引いたのは、ソニがアルバニア系の組織で働いていたことだった。
近年、うるさくなってきた東欧勢組織の牽制のための、とっかかりを引き出すつもりなのかもしれない。ソニの話が嘘なら、ソニ自身が〝材料〟として再利用されるだけである。
バイロンに念押しするようにトニーは訊いた。
「この子の話を信じて、本当に受け入れるつもり? 青田買いがすぎるでしょ」
十代初めにみえたソニの歳は、それでもまだ十五歳だった。
「トニーが赤の他人の心配なんてめずらしい。歳は考慮して使う」
「…………」
やはり言うだけ無駄だった。
アントニアを「トニー」と呼ぶ、二人のうちの一人で、トニーもバイロンのことがわかっている。答えは予測の範囲だった。
ソニが非合法組織に入ったきっかけは、乗っていたバスがアルバニア系マフィアに襲われ、乗客同士の殺し合いをやらされたことからはじまったという。
作り話のように感じたのは、それだけ平和な土地に住んでいる証——。
トニーはそう考え直し、口を挟むことを控えた。それより、もっとわからないことがあった。
理不尽な余興に強制参加させられたソニには、人と争う腕力もスキルも、まだなかったはずだ。どうやって生き残ったのか。
「……わかりません。思い出せません」
「でっち上げているから話せないんじゃない?」
わざと追い詰める質問をしてみた。
「可能性として——」バイロンが代わって話す。
「悲惨な記憶だから、忘却という処方を脳がとったかもしれない」
正解はおいておき、そのあとのことをソニから聞いた。
乗客同士の生存競争で勝ち残った者は、組織の仕事をやらされた。
拒否すれば殺される。否応なしに従うなかで、意に反してソニのスキルはあがった。そこでまた仕事内容がレベルアップしていき、国外活動にまで使われる悪循環におちいった。
このままでは死ぬまで果てがない。意を決して逃げ出そうとしたが失敗した——というのが、その内容だった。
「殺さない。商品にする、言われました。レストランに連れて行かれました。そこです」
ソニが、トニーへと目を合わせた。
「あなたたち、来ました」
「組織に入るまでは、人を殴ったこともなかったって、さっき言ったよね」
トニーは信じることができなかった。
「ケンカのひとつもせず生きてきた子どもが、手錠をかけられた丸腰から銃を奪って、躊躇いなく元の仲間を射殺できるものなの?」
「二ヶ月よ、トニー」
バイロンが艶気を含んだ微笑みをうかべた。
「人間は二ヶ月あれば、残虐性を習い修めて生まれ変われる。
人間が残虐になるのは、他人からの強要に限らないけどね。生き残るために、加虐心を満たすために、圧倒的権力差がある強者側になったときに、とか」
「あなたが言うと説得力があるな」
ハッタリなどではない。そういう人間を見てきた、あるいは、そう育てた経験があっての台詞に思える。
それでもまだ疑問が残った。
「組織から逃げ出そうとした罰として、商品にされそうになってたんでしょ? そのくせ、また同じようなとこに入りたいの?」
「組織の仕事以上に、その組織そのものが厭だったのよね?」
首をわずかに傾けながら訊き直したバイロンが、耳の下をさわる。
そのとき。
ボスの背後で、微動だにせず立っていたフットボーラーが出し抜けに動いた。正面を向いたまま、右手だけが素早く腰の後ろに動く。
ホルスタードロー(銃をホルスターから抜き出す動作)に、トニーの身体が考えるまえに反応する。ヒップホルスターからハンドガンを瞬時で抜く。
そしてトニーと同じく、即刻で応じたもうひとりがいた。
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