2話 規格外の商品
「トニー……ウェダ・トニーさん⁉︎ やっぱり、あの時の! でもトニーは男の名前、なぜですか?」
トニーは眉根をよせた。
あの時って、いつだ? こんな子どもに会った覚えなどなかった。
加えて、やや片言の発音。アジア系ばかりだった他の子どもからも浮いている。
面倒ごとのにおいしかないが、すがるように迫ってこられると、ぞんざいには扱いにくい。トニーは応えた。
「『アントニア』なら女もトニーと呼ばれることがある。この国に来て、まだ日が浅いの?」
「ウェダという姓、いっぱいですか?」
トニーの質問に答えず、かぶせるように訊いてきた。
「宇江田だ。『ウエダ』姓自体はさしてめずらしくない。それがなに?」
「あなた、家族に——」
「ウィダ、急げって! 発砲から七分たったぞ!」
女の子が何か言いかけたが、この場から離れることが先だ。
「先が訊きたかったら、まずは足を動かして!」
今度こそ上階を目指す。
一拍遅れで小さな足音が追ってきた。構うつもりはないのに、ついてきているか確かめてしまう。
自分の荷物をとってきたのか、ボディバッグを胸元にかけていた。荷物なんて放っておいてもよさそうなものだが、精神的に手放せないのものなのかもしれない。
スタッフルームを出たところで、不意に先を行っていたルブリの両腕が前方へと突き出された。トニーは反射的に呼応する。
ルブリの動きは、ハンドガンの照準動作だ。女の子を懐に抱えて、柱の影へと飛びすさった。
重なる発砲音。
乾いた破裂音を背中に、トニーは柱と自分の身体で女の子をサンドイッチ。銃弾と破片よけになる。
女の子が、びっくりした顔で見上げてきた。
唐突な動作で驚くのも当然だ。トニーは、そう思っていた。
驚きはしても、なぜ乱暴な銃声に怯えた様子がないのか。
そんなことまでは気が回らなかった。
レストラン正面から入ってきたのは四人。制服より面倒なのが先にきた。
警官と違って、即刻で撃ってくるやつらだ。予定より早く到着したらしい〝商品〟運搬係が、処分係に変貌した。
先んじて応じたルブリが、先頭を切っていた男の胸元に被弾させていた。
銃を控える必要はもうない。トニーもためらいなく撃ち返したが、相手は簡単に死んでくれなかった。
倒れ際、最期の力で絞ったトリガーが、最後の銃弾をルブリへと吐き出させた。
ルブリが足をおさえて倒れる。トニーは残っている三人とルブリとの射線をさえぎるように飛び出した。応射する。
「出るな、バカ!」
相棒をカバーしたのに怒鳴られる。
「今度ムチャやったら、おれが撃つ!」
誰かを救って死ぬのもいいな……。
そんな浅慮が功を奏した。銃口の正面に突っ込んだトニーの無謀に、敵が手元を狂わせる。
撃った弾が逸れた。
顔の横をすり抜けていく銃弾の熱さと風圧をトニーは感じとる。
当たったら死ぬんだろうなと、他人ごとのように思う。
照準。
数で優っていることで気が緩み、身体をさらして撃っていたサークル髭の頭を狙う。大きく動いて的も小さいため、当てるには難しいゾーンに一発ヒットさせた。
居つけば良い的になる。残り二人を視界にとらえながら、トニーは動き続けた。
ゼロコンマ数秒で反応する。
先に照準をあわせてきたほうに撃ち返す。一発目は、肩にヒット。瞬時で修正した二発目が、胸を潰した。
「ウィダ、子どもがっ!」
もうひとつの銃口が、遮蔽物から出た女の子を追っていた。
なぜ隠れていないのか。胸中で舌打ちする。子どもを商品にする輩が、子どもを撃つことに遠慮があるはずないというのに。
ルブリが対抗したが、尻餅をついた不安定な姿勢で当てるには無理がある。
気分が悪くなる場面は見たくない。即刻で援護する——つもりが、トリガーにかけている指が止まった。
女の子の動きは、子どものそれではなかった。
的の小ささを活かした身体が、不規則な動線を描いて駆ける。
手錠がついたままの手を伸ばし、死体となった男の手からオートマチックピストルをもぎとる。
崩れた前傾姿勢から、そのまま一回転。体勢をたてなおしつつ照準。
残った敵に、三発続けざまに撃ちこみ、絶命させた。
トニーの頭の中で、疑問符が乱れ舞う。
この子ども、なんの商品だったんだ?
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