第7話 運命の引き合わせ
そう思いながら足を運んだ街で、僕は運命の出会いをした。
リブレ伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレ。
今年社交界デビューした、十六歳のご令嬢。
初めて言葉を交わしたのは、建国記念の式典。転びかけた彼女を支えたら、いたく感謝された。
アルドンサ嬢はなぜかいつも、とても大きな丸眼鏡をつけている。
顔の半分を占める眼鏡と前髪で隠れて気づきにくいけど、間近で見るとその目鼻立ちは形よく整い、眼鏡奥の瞳は星のように煌めいて、すごく美人だ。
引っ詰めた時代遅れの髪型に、暗色のドレスを選んでなければ、その美しさはもっと人の知るところだろうに、敢えてのチョイスには何か意味があるのだろうか。
常々そう思っていた彼女を偶然、劇場前で見かけ、しかも呼吸に喘ぐほど青ざめた様子に、不躾を承知で声をかけた。
「大変……! 大変なんです、ファビアン様!! 助けてください!! 劇場で何かが起こり、大勢の方が亡くなるかも知れません!!」
アルドンサ嬢が言うには、彼女には生まれた時から特殊な力があり、"人の死期がみえる"という。
そして今、目の前の劇場に入っていく人たちに、揃って"死相"が見えていると。
その未来に彼女は震え、涙ながらに訴えてきた。
「このまま何もしなければ、皆が死んでしまう!!」
荒唐無稽な妄想だと、一蹴してしまいそうな話。
けれど、そうさせない真剣さが、彼女にはあった。
それにこの劇場、この演目には、以前から懸念事項があった。
舞台に所狭しと照明を並べており、もしその灯火が倒れでもしたら、途端に火災につながるような……。
はたしてアルドンサ嬢と向かった劇場では火災が発生したが、火災より先に、劇場支配人に話せていたのが大きかった。
大混乱となることなく、速やかな誘導と迅速な鎮火で火事は消し止められ、難を逃れた人々を見て、ほっと息をついた途端。
あってはならない、どす黒い感情が胸底から突き上げた。
──僕だってまだ死にたくない。なのに彼らは助かって、僕は近々命を失うなんて不公平じゃないか──
醜く、理不尽な嫉妬。
そんな自分を軽蔑し、
見知らぬ大勢のために、顔や服を煤だらけにして懸命に行動をした、二歳下の女の子。
小さな体で勇敢に声を張り上げていた少女は、嬉しそうに目を細めていた。
ひとつひとつの命を、とても
(まるで天使だな)
もし命の終焉に、こんな目で見守ってもらえたら、きっと価値ある人生だったと思えるだろう──。
「彼らの笑顔を守れたのは、アルドンサ嬢のご活躍のおかげです」
そんな言葉が、自然と口をつく。
けれど当のアルドンサ嬢は僕の言葉にふり返ると、その瞳に切ない色を浮かべた。
(そうか。彼女には"みえる"と言っていたっけ)
人の死期が。
なら僕に待つ未来もみえているんだろう。
そして、悲しんでくれている。
気づいた時には、僕の気持ちは
「……死ぬ前に人の役に立てて良かった。死期が見えるアルドンサ嬢にはお気づきかもしれませんが、僕の命は
屋敷の外では誰にも話していなかった病の話が、ポロリとこぼれ出る。
アルドンサ嬢は目を見開き、驚きの表情で、僕の次の言葉を待つようにじっと見てきた。
(……これも縁か)
話してしまった以上、「じゃあそれで」と終わらせるわけにもいかないだろう。
何より僕は。
ずっと誰かに、心のうちを聞いてもらいたかった。
家族や使用人たちの前では強がっていたけれど、本当は
彼女は僕の言葉を一言一句を聞き逃すまいと、全身で話を聞いてくれていた。
重い話を聞かせてしまっている申し訳なさを感じながらも、カタリナ王女との婚約が終了していることも含め、ありのままを言葉にしていく。
彼女は衝撃を受けたようだった。
「そんな……!」
「ああ、うん、それは良いのです。元々が政略結婚。僕とカタリナ王女の性格も合ってませんでしたし、僕もこんなことになったので」
「良くありません……っ」
アルドンサ嬢が声を絞り出す。
(どうしてきみがそんなに泣きそうになんだ)
(情の深い娘なんだろう……。可愛いなぁ……)
いつか僕がこの世から消えても、今日のことを
アルドンサ嬢が、ぽそりと呟いた。
"私に、ファビアン様のお命を助けることが出来たら良いのに"。
そう聞こえた気がした後、急に。彼女は虚空を見つめるように固まってしまった。
「アルドンサ嬢?」
(どうしたんだ、一体)
慌てて呼びかけるものの、反応がない。
どうしよう、大きなショックを受けさせてしまった?
彼女にとっては、
何度も名前を呼んで反応を待っていると。
突然、目に光が戻った彼女が、はじけるように言った。
「あの、私! いろんな病気に効くお薬を知っているんです! ぜひお試しいただけませんか?!」
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