ファビアン視点

第6話 突然の婚約破棄

ニブいわね、ファビアン・アルバラ公爵令息。あなたとの婚約を破棄すると言ったのよ」


 吐き捨てるように、カタリナ王女は言った。


 王国の第一王女殿下は、僕の数年来の婚約相手。

 その彼女の部屋で、突然の婚約破棄宣言。


(僕の余命を知った?)


 ……そんな様子はない。

 僕が不治の病にかかったことは、ごく一部の身内しか知らない。まだ外部の誰にも伝えてない。


 だとしたら、婚約破棄の理由は。


(今度の恋人おとこを、いたく気に入ったみたいだな)


 カタリナ王女の隣にはべる青年は、男爵家の末子。名は確か、マルケス・メンヒバル。

 無駄に華やかな顔を品なく歪めて、勝ち誇ったような笑みを向けてきた。

 なるほど?


(カタリナ王女は、相手の内面は問わないからな)


 王女にとって、見目の良い男性はアクセサリーのようなものだ。

 僕がいようがお構いなく、これまでも様々な男を近づけては、"飽きたら捨てる"という行為を繰り返してきた。いずれの時も婚約だけは維持されていたが、今回こそは違ったようだ。


 王女が単純なのか、マルケスがり手なのか。

「私は"真実の愛"を知ったの」と、陶酔したように王女が語っている。


 どちらにせよ、近々こちらから婚約を辞退するつもりだった。


 病魔に侵された僕の命は、長くない。

 王の大切な長女を預かることが不可能になったと、理由を添えて謝罪する予定だったが。


(カタリナ王女からの要求として、王家有責の流れで通そう)


 さすがの僕も、一方的な婚約破棄に愉快な気はしない。

 彼女の性格上、いつかはこんなこともあるかと想定していたものの、方法がおざなり過ぎる。


 王女は父王から厳重注意されるだろうが。


(どうせ娘可愛さに、王家側から内々で円満解消の取引を持ち掛けてくるはずだ)


 彼女はたぶん、この破棄が公爵家の顔を潰すものであり、本来なら取り返しのつかない騒ぎとなることに気づいてない。


 おおやけの場なら、こうはいかなかった。

 カタリナ王女にもそのくらいの分別はあった、と判断したいところだが、偶然だろう。


 顔を合わせたついでに宣言した。

 そんな空気感だったから。


(つまり僕をとことん軽く見ているということだけど)


 縁が切れるなら、ありがたい。僕も王女にはウンザリしていた。



「王女殿下からの婚約破棄、承りました。父アルバラ公爵への報告せねばなりません。本日はこれで、御前を失礼させていただきます」



 一礼を後に、カタリナ王女の私室から退室する。


 お茶のワゴンを押して来た侍女が、僕の早い退席に驚いたようだが、そういうことはまあ、あるものだ。


 振り返らずに、王宮からはさっさと辞した。




 ◇




 結局、僕の人生は何だったんだろう。


 早いうちから結婚相手を決められて、物心ついてからは、奔放な王女の尻ぬぐいに従事して過ごした気がする。


 帰宅後、王女に対し烈火のごとく怒り狂う父・アルバラ公爵を抑えるのに、かなりの労力を呈した。


 王家へ抗議を入れて"婚約復帰"になると面倒だし、どうせ向こうから話を大きくしないよう打診してくるから、公爵家に有利な条件を目一杯引き出してやろうと提案して、父を止めた。


「お前はそれでいいのか?」と、父と兄に何度も確認されたけども。


 僕とカタリナ王女の間に、愛はなかった。


 そして僕の時間は有限だ。

 蒸し返して貴重な時間をきたくないと、父にも主張した。


 どうせ何を言ってもカタリナ王女は聞きはしない。これまで何度も、いろんな気持ちを伝えようとしてきたけれど、効果があったためしがない。


 身分も年齢も、彼女が上。

 それが、悪いほうにばかり作用していた。


 王女にとっての僕は、ていの良い召使い。

 

──どれが良いかしら。とりあえず、全部ちょうだい。支払いですって? 婚約者のあなたが贈ってよ。そのくらいの甲斐性はみせなさい。私の予算は制限されているのよ。


──使い過ぎたわけじゃないわ、元々が少ないの!! えっ、平民の一生分以上を月に浪費? なぜそこで平民の話が出るわけ? あんな者たちを比較に出さないで。王族たるもの、このくらい当然の支出よ!


──ちょっとファビアン。どうして止めるの?! この侍女が私に似合わない色を勧めたのよ? おかげで恥をかいたから罰を与えてるのに、口出ししないで!!


──侍女の代わりに、あなたが私のドレスを見立てたい? いいわ。私を着飾らせる栄誉を与えてあげる。


 僕が選んだカタリナ王女の装いは、社交界で評判を呼んだ。


 卓越して洗練されたセンス。

 王女は気を良くし、気づけば僕は、彼女の衣装係のようなことをさせられていた。

 お財布は、こちら持ち。


 小遣いだけでは足りなくて、副業を請け負っては実家に迷惑をかけないよう動いてきたが。


(そうか。もう王女に振り回されなく済むのか)


 解放的で、清々しい思いが胸を駆け抜ける。


(どうせなら、もっと早く自由が欲しかったけど、残り少ない命は自分のために使おう)



 そう思いながら足を運んだ街で、僕は運命の出会いをした。

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