婚約破棄されたわたくしに幽霊屋敷は吉でしたが、あなたにはどうでしたでしょう?

アソビのココロ

第1話

 エマ・トウラー子爵令嬢が婚約破棄された経緯は、そう目新しいものではなかった。

 婚約者の令息が真実の愛に目覚め、かつ令息家も真実の愛家もトウラー子爵家より格上だった、ということだ。

 トウラー子爵家としては受け入れざるを得なかった。

 エマは慰謝料として王都にこじんまりとした屋敷をもらった、それだけ。


 エマはその屋敷で一人暮らしを始めた。

 理由はいくつかある。

 毎日泣き暮らすエマに、トウラー家の家人も嫌気がさした。

 傷物となったエマに今後いい縁談が来るとは考えにくかったから、自活できる力を身に付けるべきだった。

 やるべきことに追われれば、婚約破棄された痛手も癒えるんじゃないかと思われた。


 しかしその屋敷は幽霊屋敷だったのだ。


          ◇


 ――――――――――困惑の幽霊視点。

      

 おいおい、どうなってんだ?

 あのエマとかいう娘、まるっきり霊感がねえじゃねえか。

 そんな超鈍感な人間いる?

 というかおいらの力が弾かれているような?


 おいらの家に乗り込んで来やがったから散々怖がらせて追っ払おうと思ったのに、全然気付きやしねえ。

 困ったなあ。

 おいらのハッピーゴーストライフが台無しだぜ。


 おまけに暇さえあれば泣いていやがる。

 辛気臭くてかなわねえ。

 どうにかならんものか。


「ああ、ドルフ様。何故をわたくしとの婚約を破棄されたのか……」


 重要なワードが出てきたぞ?

 婚約破棄されたから泣き暮らしているんだな?

 つまり新たな相手をあてがってやって、おいらの屋敷から出ていけばいいわけだ。

 しかし幽霊のおいらに何ができる?

 うーむ……。


 そうだ、ドルフ。

 おそらくはどこかの貴族家の令息。

 そいつに責任を取らせるのがいい。

 調査開始だ。


          ◇


 ――――――――――焦燥の伯爵令息ドルフ視点。


「おめえがドルフ・ポズウェル伯爵令息で間違いねえな?」

「ななななななな何やつ!」


 真夜中自室にいきなり現れたぼうっとした影。

 まさかこれは……。


「何やつってか。おいらは幽霊だ」

「ゆゆゆっゆゆっ……」

「肝っ玉の小さいやつだな。おめえが婚約破棄したお嬢を見習え」


 俺が婚約破棄したお嬢?

 まさかエマが何か?

 あっ、慰謝料として渡した格安の屋敷は、そういえば幽霊屋敷という話だった!


「おまおまっ、おまあああ……」

「だから落ち着け。取り殺すぞ」


 と、取り殺す?

 いや、慌てるのは確かに見苦しい。

 貴族らしくない。

 深呼吸せねば。

 ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。

 よし、落ち着いたぞ。


「貴殿は幽霊なんだな?」

「そうだ」

「……ひょっとしてトウラー子爵家に引き渡した屋敷に住んでいる?」

「よく知ってるな。その通り」


 やっぱり!

 まさかエマと結託して、俺に恨みはらさでおくべきか?

 怖い怖い!


「俺に何の用だ」

「ようやくまともな話ができそうで何よりだ。あのエマって娘、何とかしてくれ」

「は? 何とかしてくれ、とは?」


 何々?

 この幽霊は元々のあの屋敷の持ち主で、隠居後に暮らす棲家として建てたが、使わずして亡くなった?


「おいらの家だ。無念はわかるだろ?」

「まあ理解はできる」

「おいらが死んだ後売りに出されたみてえだが、所有者であるおいらは納得してねえ!」


 何とかしてくれと言われても、死後に所有権はないと思う。

 けどそんなこと口にしたら取り殺されそう。

 俺大ピンチ。


「何とかしてくれ!」

「具体的に言ってくれ。貴殿は何を求めているんだ?」

「おめえがあのエマって娘に屋敷を買い与えたんだろう?」

「……さほど間違ってはいないな。正確には俺の父が婚約破棄の慰謝料として、トウラー子爵家に引き渡したものだ」

「エマが今、おいらの屋敷に居座っているんだ」

「ふむ、それで?」

「神経が太いのか心臓に毛が生えてるのか、エマは俺を感知しやがらねえんだ。脅して追い出すことができねえ」

「ほう」


 エマにそんな側面があったとは。

 ただのつまらない令嬢かと思っていた。


「おいらの屋敷を我が物顔で使うのも許せねえが、毎日婚約破棄されたって泣いてやがるんだ。湿っぽくてかなわねえ」

「だからエマをどうにかしてくれということか」

「そうだ、おいらの家から追い出してくれ。できなきゃおめえを取り殺して伯爵と交渉する。おめえが死ねば、伯爵もおいらの言うことを真剣に聞くだろうからな」


 物騒なことを言い始めたぞ?

 それだけこいつも切羽詰まってるということか。


「つまり新しい屋敷をあてがってエマを引っ越しさせればいいんだな?」

「……いや、自慢じゃねえがあの家は立地も間取りもいいんだ。一人二人で暮らすなら抜群だぞ。あの娘が出ていくのを嫌がることは大いにあり得る」


 頷かざるを得ない。

 幽霊屋敷でなかったら五倍の価格だって聞いたくらいだ。

 もうあの屋敷はトウラー子爵家のものだから強引なこともできないし。


「あの娘に男をあてがってくれ!」

「は?」

「結婚すりゃ当然おいらの屋敷を出ていくだろう? 結婚前であっても、相手がいりゃ陰気な面を晒すことはなくなるだろうし」

「なるほど?」

「早くいい男を探せよ? 自分の命が惜しかったらな」


 言い様がひどい!


          ◇


 ――――――――――喜色の子爵令嬢エマ視点。


「素敵な屋敷だね」

「ありがとうございます。ハドリー様」


 わたくしの前の婚約者ドルフ様が、素敵な殿方を御紹介してくださったのです。

 わたくしのことを気にかけてくださっていたのですね。

 何てありがたいこと!


 今日はハドリー様を私の家に招待しています。


「エマ嬢」

「何でしょう?」

「実は私はオカルトマニアでね」

「は?」


 ハドリー様は何を仰っているのでしょう?


「この屋敷は幽霊屋敷として有名なんだ」

「ええっ!」

「本当だよ。不動産業者に確認してもらえばわかるが、この屋敷に一ヶ月続けて居住した人はエマ嬢以外にいないはずだ」


 知りませんでした。


「エマ嬢は気付かなかったかもしれないけど、侍女は気付いているね」

「ベラ、そうなの?」


 通いの侍女ベラが俯き気味に肯定します。


「は、はい。エマ様といれば平気なんですけれども、一人だと薄気味悪い、見られているような感覚がずっと消えなくて……」


 ハドリー様が頷きます。


「さもあろう。エマ嬢は強い力に守られているから全く問題ないだけだ」


 そうなのですね?

 ハドリー様すごいです。


「……もっとも私はこんなことばかり言ってるからいつも振られるのだが……」

「はい? ハドリー様何でしょう?」

「いや、何でもない。幽霊は一体のみ、年を取った男性だ。この屋敷に強い執着があるらしい。不動産屋の情報と合わせると、おそらくこの屋敷を終の棲家として建てた者だな」

「そんなことだとは。ではわたくしがここに住んでいて邪魔してしまっていたのですね?」


 幽霊さんに申し訳ないです。

 ハドリー様が頷きます。


「結果的にそうなってしまっている。エマ嬢は知らなかったのだし、悪いことをしたわけじゃないんだが」

「どうすべきでしょうか?」

「私と婚約してくれまいか?」

「もちろん! ありがとうございます!」


 でも何の関係が?


「婚約が決まればエマ嬢はこの屋敷を退去して、トウラー子爵家タウンハウスに戻ることになるだろう?」

「当然そうなりますね」

「となれば幽霊は元の生活を取り戻せて喜ぶ。幽霊がトウラー子爵家の方々に祟ることもない」


 何と、家族が祟られる可能性があったようです。

 急いで引っ越した方がよさそうですね。

 ハドリー様、教えてくださってありがとうございます。


「では、子爵に改めて挨拶させてもらおう」


          ◇


 ――――――――――焦燥の伯爵令息ドルフ視点再び。


「おい、ドルフ」

「びびびびビックリしたっ!」


 いつぞやの幽霊じゃないか。

 夜中に急に俺の部屋に出てくるな。

 心臓がバクバクして寝られなくなっちゃうだろ。


「俺はやれるだけのことはやったぞ」

「おう、グッショブだ。エマは婚約が決まり、屋敷を出ていった」


 よかった。

 ハドリー・プリチャードは伯爵家の嫡男で、優秀かつ男前ではあるが、オバケの話が何よりも大好きという残念令息だ。

 エマの魔除け体質と幽霊屋敷という状況からすると、ピタリとハマるんじゃないかと思った。

 狙い通りだ。


「めでたしめでたしだな?」

「まあそうだ」

「礼でも言いに来たのか?」


 幽霊が軽く笑う。


「プライベートの空間を侵食されるのは気に食わねえが、おいらも人恋しいんだ」

「はあ」

「おめえみたいに波長が合って、普通に話せる生者も珍しい」

「だから?」

「時々遊びに来るからよ。おいらの話し相手になってくれよ」

「ええっ! 迷惑だ!」

「ハハッ、生意気ほざいてると取り殺すぞ?」

「理不尽!」

「じゃあな、あばよ」


 幽霊の去った自室で呆然とする。

 婚約破棄したら幽霊に好かれましたなんて、洒落になってないんだが。

 ああ、悩ましい。

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