episode 12 修行中にて -ミレイネス視点-


 アステルとわたくしは、取り敢えず日々の生活が出来る様、冒険者になる事を決意致しました。


 冒険者となるには、3日後に開催される戦闘際、そこの闘技大会に出場し、優勝を果たす事。スキル無しのわたくし達ではこの条件しか、冒険者になれないとギルドマスターのギンジさんは仰っておりましたね。


 ただ出場なされるのはアステルだけなのです。わたくしはその事が心配で……。

 次代の神導に覚醒したアステルが、人間に遅れを取る様な事はないでしょう。

 

 いくらまだ完全に使い熟せていない今のアステルでも、力を使えばどんな者にも負けはしません。

 ただ、相手が魔物だったなら力を使う事にも躊躇わないと思いますが、相手が人間なら話は別です。

 

 僅かの神気でさえも耐えられる人間はおりません。

 魔物よりも脆い人間の肉体は忽ち分解され、下手をすれば魂ごと消滅してしまいます。

 大会に出場する者はそれなりに魔力が備わった戦士である事には違いありませんが、アステルの力は文字通り〝次元が違う〟のです。


 お優しい友愛の心をお持ちのアステルは耐えられないでしょう。ですので神気は使わない、その選択をなされるのだと思います。

 ただし神気を使わなければ、スキル無しのアステルはただの一般人です。そうなると優勝どころか、まともに戦えもしない。


 わたくしの不安な気持ちをストレートにアステルに伝えました。不安なのは負けるかどうかではなく、力を使うかどうかで葛藤するアステルに対して不安なのだと。

 アステルが苦しむ顔は見たくないのです。わたくしの心もギュッと締め付けられて苦しくなります。


 しかし、わたくしはアステルの言葉を聞いて、やはりこの方は神導になる器の方だと改めて確信したのです。


 アステルは戦闘際が開催される3日間を修行に当てると仰いました。

 その修行は自分の出す神気で神威刀自体にシールドと呼ばれる神気の膜を張り、力の出力を極限までコントロール出来るようにする。

 つまりこれが実現出来れば、神気を発揮し神威刀で人間を攻撃しても相手を殺す事はなくなる。更に言うと刃で斬っても血を流す事もなくなるんだと、こう仰られたのです。



「それで、今向かっている所がその修行に最適な場なのですね?」


「そ、そそそうなんだ」



 アステルはたった1日でシールドの概念の構築を完成させ、今日2日目、シールドで神威刀の力を抑えながら戦う修行に入る為にある場所に向かっていると言う訳なのです。

 その辺りはゴブリンが多く生息してる場所なんだとか。特に今から行く所は冒険者達があまり踏み入れない所の様ですね。

 人間があまり来ない所で修行をしたいと言うアステル様のお気持ち、とても分かります。

 それってきっと努力してる姿を見られたくないのですよね。

 わたくしも天聖の階位を手にするのに同じように人知れずひっそりと勉強しておりました。

 アステルとこんな所に共通点があったなんて……何だか幸せな気持ちになって胸がポカポカして参りました。



「シールドで神威刀の力を常に抑え込みながら、実力を出すと言うのは、前進と後退を同時に行うと言った実現不可能なものだと思うのですが、そんな事が可能だったのですね。あぁ……素晴らしいです」


「こ、ここ、これをもも、もも、もっとき、極めれば、た、たた対象、い、いい以外は、す、すす、全てし、しし、シールドで守る事が、でで、でできる」


「す、凄いです! 例えば神気を使った大技を放っても、その対象以外は全部何の被害も受けなくなると言う訳ですね!」


「そ、そ、そう」



 と、この様に私たちは会話を続けながら馬車に乗ってアルヴァニア最北端までやって参りました。



「近頃、ブラックゴブリン達がこの辺の村や街の井戸水を堰き止めてるって話なんだが、あんた達冒険者だよな? ちょっと依頼を引き受けてくれねぇかな?」


「いえ、わたくし達はまだ冒険者ではありませんが、詳しくお話をお聞かせいただけますか?」



 近くには商人の街トリークがあるそうですが、特に今被害が大きいのだと馬車の運転手。

 そろそろ依頼としてトリークのギルドの方に出てくるから受けてもらいたかったそうなのです。



「申し訳ございません。わたくし達は……」



 小さな声で返す言葉は、馬車の走音でかき消えてしまい運転手まではきっと届いていなかったでしょう。

 暫くして運転手がわたくし達に声をかけて下さいましたが、声のトーンから別の事の様です。



「いやぁあんた達以外にも、こんな所に来る冒険者がいるんだな! ほら、あそこ」



 わたくし達は馬車の窓を開けて顔を出しながら、運転手が指差す所を目で追います。

 すると、かなり遠くでしたが川を挟んだ向こう側に確かに1人、何処かに向かって歩いている者を見かけたのです。



「本当ですね。アステルと同じく、あの方もひっそりと修行したいタイプの方なのでしょう……うふふ」



 アステルに目線を移したのですけれど…………うん? アステル、どうかしたのですか?



「あ、あれ……は、も、ももしかして」


「アステル、お知り合いの方です?」



 わたくしの問いには答えてもらえず、アステルはいきなりその者の所へ向かう様に運転手に伝えました。



「で、デリック……だとお、おもおも思う」


「デリックが!?」


「ここの、ま、魔力……ま、まま間違いない」


「お客さん悪いがね、あっちに渡るには一旦この先の橋を渡ってから迂回する様な形でしか行けないんだよ。追いつけるかどうか分からないけど、それでもいいかね?」


「は、ははい。お、お願いします」







「……あれから1時間ぐらい経ってますし、見失ってしまいましたね」



 神威刀を重そうに、それでも左手(かたて)で持ち何やら考えてるご様子。

 そうですね、あの者が勇者デリックであるなら何故こんな未踏の地にいたのでしょう。



「ほ、ほほ他のな、なな仲間がい、いいなかったんだ」


「武闘神のリース・シャオルン、スペルダンサーのミンシャ・グロウシャルム、そしてハイプリーストのセラ・エスフェルド、でしたよね? 確かにわたくしもあの時は、デリック1人だけを確認致しました」



 この辺りは精霊の洞窟と呼ばれるダンジョンがあるらしいのですが、直感的にアステルはここに行きたいと仰いました。

 デリックが1人だった事がとても気になっている様で、何かあったんだと推察されています。


 馬車を降りて徒歩でその洞窟を探す事にしたわたくし達はすぐに精霊の洞窟らしき場所を発見し中に入っていきました。



「この洞窟……あまり邪悪な気配がしませんね」


「う、うん」



 下に降りていく階段を見つけ、地下2階に降りて来るとゴブリンの群れに遭遇しました。

 数は4体、黒い肌……は、ブラックゴブリンですね。主に地下を根城にしていて地上には滅多に顔を出しません。冒険者ギルドの討伐リストに書かれてあった情報の通りなら、普通のゴブリンと比べて視覚より聴覚に優れている様です。



 シュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥー!



 と、アステルが神威フォームに。



「ミレイネスはここで見ていてくれるかな? シールドがちゃんと僕の想定通りに上手く出来るか、あのゴブリン達で試してみたいんだ」



 その様に声をかけながら、ゴブリン達に歩み寄り神威刀を引き抜き構えを取りました。ゴブリン程度ならアステルは当然ながら、わたくしも負けはしません。

 しかしわたくしは彼の愛に包まれ、守られている様な感覚にクラクラと心が揺れているのです。

 アステルに触れたい、抱きしめられたい。



「い、いけません……」



 思わず言葉が漏れ出てしまいました。今は修行中で、しかも戦闘中。こんな邪な気持ちを持っては、アステルに嫌われてしまいます。

 そう思うのですが……わたくしはそのお背中をただただ見惚れているのでした。

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