episode 10 その頃、デリック達は② -デリック視点-

「ウオォォォン!!」


「うぐぅっ!」



 耳を塞いでも鼓膜が破れそうなでっけぇ唸り声をあげて俺達を威嚇する白い虎は、体から辺りに炎の塊をばら撒いた。

 その塊が卵のように割れて中からボムパンサーが現れやがったんだ。

 瀕死になると自爆して来やがる虎型の魔物だ。そんであっという間に囲まれちまったぞ。

 とは言えボムパンサーはランクBの魔物。中級冒険者で倒せるぐれえの強さだから当然俺達の方が強い。焦るほどの事じゃねぇ。


 あの白い虎、全然襲ってこねぇな。先にこいつらを倒せってか?

 ここに来て雑魚に手こずってたミンシャにはイライラしてたんだ。だから今回は俺が片付けてやる。

 どの道あいつらが精霊なら、これは何らかの試練という事だろうしな。



「俺がやる。お前らは俺の後ろにいろ。 分かったな!」


「デリック! 分かったわ!」


「いちいちセリフがイケメン過ぎるよデリック〜❤︎」


「デリック様の勇姿、この目に焼き付けておきますね!」



 俺は聖剣ギグドラーンを引き抜き構えを取った。

 実に1ヶ月振りの狩りだ。いきなり大技で瞬殺してやっか。

 と、思ったんだが……。



「な、なんだ……ギ、ギグドラーンが……」



 重い……。めちゃくちゃ重いんだ。

 いつもなら片手で扱える程の軽さだが、両手で持っても何でこんなに重いんだ?



「だ、ダメだ……も、持ってられねぇ……!!」



 ギグドラーンは俺の手から離れ地面へと落ちる。

 勿論その一部始終を見ていた3人は、俺のあり得ない姿に驚愕し、一斉に声をかけて来る。



「デ、デリック!? な、なんで剣を捨てたの?」


「デリック様!? まさかボムパンサーを素手で!?」


「だ、だだ大丈夫デリック!?」


「あた、当たり前だろうが! こんな奴ら、せ、聖剣を使うまでもねぇ。素手でやってやんぜ……」



 こう言うしかなかった。ギグドラーンが重くて拾えねぇなんて口が裂けても言える訳がねぇ。と言うか急に何で重くなったんだ……? ずっとここまで背負って来たのに急だぞ。そうだ、確か鞘から抜いた瞬間に重くなった気がすんだが……。



「なんだ……なんだってこんな時に思い出しやがる!?」



 フッと、脳裏に蘇って来たんだ。これまでの戦いはずっとアステルの魔術によるものだと、それによってあらゆるステータスが何倍も跳ね上がり、俺達はその恩恵でSランクの魔物を狩っていたと、あの日のあのデブの言葉、吃っている感じまで俺の脳みそは忠実に再現しやがった。


 アステルの魔術でステータス増強を受けていただと?

 そんな事天地がひっくり返ってもあり得ねぇ。

 第一あいつはだ。そんなチートみてぇな魔術を使える訳が……。


 そう思って俺はあいつから奪った剣聖のスキルの事をここで初めて思い出した。

 そうだ、仮にもしアステルの野郎がそんなチート技を使えたんだったら……今の俺も使えるはずじゃねぇか。


 ただのデブが剣聖のスキルの恩恵で習得したもんなら、勇者であるこの俺が使えねぇ訳がねぇんだ。

 そうだ、なんだよ簡単な事じゃねぇか。



「くっくっく! いいかお前ら! 今から俺のとっておきを見せてやるから祈ってみてろ!」


「デリック様の表情が……いつものデリック様に戻りましたね!」


「もちろん! あたしはいつだってデリックを信じてるよ!」


「デリック……素敵」



 剣聖のスキルをこの身に宿すと、俺の体が信じられねぇ激痛に襲われちまったんだ。

 あまりの痛みに悲鳴を上げる事もできなかった。これは……この反応は……まさか…………不適……合……。MP魔法量が足りねぇのか? そんなのあり得ねぇ……あのデブは俺よりも遥かにMPが高いと言うのか……。剣聖は戦士系のクラスだぞ。その剣聖のMPに勇者である俺は劣るのか。



「ギャウ!!」


「ウオォンウォン!」


「グルルルルルルッ! ガウッ!」


「ギャウギャウ! グルルル……」



 痺れを切らしたのか、ボムパンサー達が俺に向かって走って来たんだ。

 このままだとやられる……背筋にツーっと冷たいものが流れ俺は生まれて初めて、心の底から恐怖を感じた。聖剣ギグドラーンを持ち上げる事もできず、デブから奪った剣聖のスキルも正確に宿す事も出来ない。

 そもそも魔力をちゃんと使えてなかったんだ。

 洪水のように押し寄せてくる絶望を受け止めきれず、俺は近くにいたリースの背中をドンとボムパンサーに向かって押した。



「ちょ!? デリック!? 何するのよ!?」



 何するかだって? 決まってるだろ。ここから逃げんだよ。

 俺は3人には目もくれず一直線に魔方陣へと走る。

 俺は勇者なんだ。こんな所でくたばる訳にはいかねぇ。

 セラとミンシャが後ろから追いかけながら、何故? どうして? みてぇにグチグチほざいてやがるが一切無視だ。

 だが、お前らがついてくるとせっかくリースに気を取られてる魔物(おまけ)がこっちに気づくかも知れないと思った俺は、リースをサポートしろと命令を下す。



「デリック様!! 貴方……まさか私達を置いて逃げるおつもり……ですか……!?」



 ……ったく、面倒臭ぇ女だなこいつは。



「あぁそうだよ。お前らは勇者の肉壁なんだよ。そんな事より早くリースを手伝いに行けよクズどもが!」


「デリック……貴方は……勇者は……世界の希望なんだよ? その貴方が真っ先に戦場から離脱? 仲間である私達は?」


「あ? 世界の希望の勇者だから逃げるんだよバーカ。ここで死んだら世界救えねぇだろうが! それにてめぇらがいつ俺の仲間んなったんだよ? あぁ? てめぇらは俺の奴隷、勇者の駒なんだよ。んな事も分かんねぇでキングスナイトに入ったのか? 分かったらさっさと俺の為に死ねよクソが!」


「な!? ……何こいつ……」


「これが……デリック様の……いやデリックの本性……こんな最低な男を今まで私は……」



 てめぇらに何と言われようがどうでもいい。どうせここから脱出する事は出来ねぇんだから。

 ここには勇者である俺がいたから魔方陣が反応し、やって来れた。なら、俺が居なくなればてめぇらは帰る手段はなくなる。

 奴隷はまた探せばいくらでも見つかるし補充出来るんだ。

 こいつらである必要性は全くない。

 まあ俺もこいつらには飽きてきた頃だったし丁度いいかもな。


 聖剣ギグドラーンを置いて行っちまうのだけが、心残りだがまたフルパーティーでここへ戻って取り戻せばいいだけの話だ。


 ん? なんだ……魔方陣が反応しねぇ。

 ここへ来たのと同じ方法で魔力を送ってみてるが、魔方陣は一切光らねぇんだ。



「そ、そんなばかな……」



 もしかして、あの魔物どもを倒さねぇと帰る事が出来ねぇのか……!?!?!?

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