episode 3 求婚そして、神導への覚醒。


 デリックに剣聖のスキルを渡して、スキル無しとなった僕は再祝福を受ける為、王都アルヴァニアから南下した洗礼の森を更に抜けた先にある女神の教会に来ていた。

 10歳になると、この女神の教会で神託とスキルを授かる。

 そして継承の儀で〝スキル無し〟となった者でも、もう一度女神からスキルを授かる事があるって聞いた事があった。


 それを〝再祝福〟って言うんだ。もしかしたら僕もまた新たにスキルを授かるかも知れない。そう思って来てみたんだけど。



「だ、……誰もいない……」



 扉には鍵が掛かっていて中に入れなくなってる。

 アルヴァニアは魔物が増えて年々子供を生む人が減ってるらしくて、10歳を迎える子供も少なくなってるんだよな。

 僕が子供の頃は毎日と言ってもいいぐらい、神託を受けに教会にやって来てる人を見かけたな。

 まだ幼い頃に、よくデリックとどんなスキルを授かるのか見に来てたっけ?

 あの頃のデリックと僕は親友と呼べる程仲も良かった。


 小鳥の囀りと穏やかに流れる風、森の中にある教会なのにここは太陽光で照らされてる。それがまた神々しく感じてしまう。

 


「さあ……これからどうしようかな」



 1人だと普通に話せるのに、誰かを前にすると何であんなに喋れなくなるのかなぁ……。

 

 はぁ、と溜め息を吐く。


 再祝福なんて僕も噂程度に聞いただけだし、よくよく考えたら2度も与えてくれるはずないか。

 と、途方に暮れてると何処からともなくリスが足元までちょこちょこ走って寄ってきた。



「僕って昔から動物には好かれるなぁ」



 リスは何故かどんぐりを僕の靴の上に1つだけ置いて何処かに走り去って行った。

 まるでこれでも食べて元気出せと言わんばかりに。



「ふっ……ふふ。慰められてるな……僕」



 ピカァァァァァァァァァァァン!!


 何の前触れもなくいきなりこの辺りが眩い光に照らされた。

 眩しくて目が開けていられなかったけど、微かに空から何かが降りて来たような気がした。



「アステル様……」



 その声はとても穏やかで……母親の様な、いや恋人の様な……。

 喜びと悲しみを同時に感じたような感覚。

 やがて光が落ち着いていき、姿を見る事が出来るまでになった時、僕は言葉を失った。

 銀色したウェーブロングヘアはお尻にまで届く勢いで伸び、頭上には真っ白な丸い天使の輪っか。そして薄い衣から見える肌は痣や染みが一切なく真っ白で艶やかだった。


 背中には白鳥の様な純白の翼が12枚あり、ゆっくりと羽ばたきながら地上へと降りて来る。


 直感で女神ミレイネス様だと悟った。誰も姿を見た事がないのに僕はそう感じたんだ。

 だけどミレイネス様らしき女神様の目には涙が。

 どうして泣いてるんだろう。そう思っていると……。



「愛しております。わたくしと……結婚して下さいませ!」



 ほよ?

 え……え? け、結婚……?



 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーー!?



「突然現れてこの様な事、困りますよね。申し遅れました、わたくしミレイネスと申します」


「み、みれ、みれ、みみみれ……みれみれみみれ……!?!?!?」



 分かってる。通常の吃りプラス奇跡的サプライズが起こると、ただのノイズと化してしまうんだな……。

 と言うか、本当に女神ミレイネス様だったんだ。

 顔、姿、声、立ち振る舞い、何もかもが美しすぎて気づいたら僕も泣いてた。

 心臓がドクドク言って苦しいんだよ。これが恋……? いや、緊張してるのか……。

 ダメだマジでなんにも考えられない。息していいのかさえ分からなくなってしまう……って息はしなきゃダメだ。


 はぁ……頭まっちろなんだが……。



「唐突で非常に申し訳ないのですが、時間がありませんので手短に進めていきますね」



 そう言いながら、ミレイネス様は僕に手を翳して呪文のようなものを呟いた。

 耳元で囁かれているかの様で、ビクッと反応してしまう。

 幼い頃、お母さんが僕を寝かしつける時の穏やかで優しいあの声。そんな感覚だった。



 ギュワワワワワワワワーン!


 な、な、なんだこのいかにも次元を超えたかの様なサウンドは……。

 そして女神の口から更に驚くべき事実を告げられた。



「アステル様、貴方は神と成られました。わたくし達の世界では神導と呼ばれております」


「あゃ!?」



 変な裏声でリアクションしてしまったが、そらそうなるって。

 この女神様、僕は神様になったと言ったんだよ。

 意味が理解出来なかった。結婚してって言われて次は神様になったって……。現状を考えて僕が行き着いた答え、そうだ、もうこう思うしかなかった。



「ゆ、ゆゆ、夢……?」


「夢ではありません。今のアステル様にはご理解し難い状況である事はわたくしも申し訳なく思っております。言葉でお伝えすると時間がかかってしまうので今からイメージを送らせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」


「あ……は、は、はゃい!」



 僕が情けない返事をした瞬間、視界が急に別の場所を映していたんだ。そこは見た事もない場所、夕方の空にも似たオレンジをしていて、虹がかかっている。植物も見た事なくて……ここってもしかしたらミレイネス様が住んでる世界……なのかな。


 景色はどんどん変わって行くんだけど、それを見ている内にこの世界の歴史を見せられている事に気がついたんだ。

 ミレイネス様達神族と魔族の大きな戦争が何億年も続いている事。

 神族を統べる王様を〝神導〟と呼び、ミレイネス様は天聖と呼ばれ天使達を束ねている事。

 前任の神導、天翔と言う神が魔族の神と戦って相打ちとなって両者が消滅した事。

 それによって今現在停戦していると言う事。


 次代の神導候補が僕だった事。良い行いをしたら徳が積まれて天国で幸福に暮らせるってお伽話とかでも語られてるその徳が、僕はめちゃくちゃ溜まってたらしい。

 こんな人間は数百年に1人現れるかどうかなんだってさ。


 そして今、神導に選ばれ前任の神導、天翔が残した神剣〝神威刀〟を受け継いだと言う事。


 永遠とも言う時の歴史を、一瞬の内に脳に叩き込まれた不思議な感覚だった。

 僕はその天翔様の跡を継ぐ神導、つまり神様になったって事……?



「先程と表情がお変わりになられましたね。ご理解されたようで安心しました」



 ふふふ、っとミレイネス様が微笑んだ。それ! その顔、本当にやばい……セラやミンシャ、リースもみんな破格の美女だったけど、ミレイネス様とは比べものにならない……い、いや……人間と比べる事自体がもうナンセンスってなもんか。

 ん? あれ? 納得するかどうかは別として、僕が神様になる理由は分かったのだが……。


 ミレイネス様が僕と結婚したいって言うのは……?

 デブでブサイクだし、人と話す時にほぼ確で吃るし、スキルもデリックに捧げてスキル無しの無能だし、本当何処を好きになられたのか分からないんだけども……。



「それは、アステル様の魂を愛してしまったのです。貴方様の魂はとてもお優しく、その大きな愛に包み込まれてみたいとさえ……」



 え……まさか今心の声を読まれたの? 独り言のように途中から聞き取り辛くなったけど、まだブツブツ何か話してる。赤らめた顔を隠して、モジモジと体をくねらせたり……全くどう言う状態か把握が出来ん。

 それにしても……かーいーなー❤︎



「は!? し、失礼致しました! わたくしとした事が……」



 ごほん、と咳払いと共に仕切り直す女神様。



「わたくしはまもなく退化が始まってしまいます。時間がありませんので、神威刀をお渡しいたします。前任の戦神(いくさがみ)である天翔様が愛用しておられた神剣で御座います」



 光と共に何処からともなく出した剣? にしては細いな。

 僕はこれまで色んな武器を手にして来たけど、こんな形の武器は見た事が無かった。

 ミレイネス様から神威刀を手渡された。

 手に握った瞬間、全身が凄まじい力の波動を感じる。魔力……じゃない。今まで感じた事のない未知の力だった。



「時間が経つと自然に使い方が分かって来ると思います。アステル様、鞘から引き抜いてみて下さいませ」



 僕が本当に神様? 半信半疑だった。と言うか普通に信じられないだろう。

 真っ白い柄に手をかけゆっくりと引き抜く。

 鏡の様にそこに周りの風景が映り込むくらい、驚くほど美しかった。

 これは剣ではなく刀と言う武器らしい。不思議な力の波動がガンガン全身に伝わってくるんだけど、僕なんかに使い熟せるような代物じゃない事は確かだった。



「何もかもが急で事態を把握なされる事に必死だと思いますが、貴方様はやはりわたくしの思った通りの方でした。力の無き者はその刀を引き抜く事は愚か、触れる事さえ出来ないのです。ただアステル様は本来なら覚醒される時期はもう少し先でした。わたくしの勝手な都合と言いますか……早く覚醒させてしまった事で神導の力を十分に発揮出来ない状態にあると思います」


「そ、そ、そそそうなんですか。じじじゃ、じゃあ……ほほほ、んとんとにぼぼ僕は、かかか神様に……」



 感じる……。確かに何か不思議な力が宿った事、殻を脱いで大きく偉大な者になったような気がする。

 この力を使い熟せるようになれば、世界を平和に出来るかも知れない。困ってる人をもっともっと救えるかも知れない。

 修行を怠り、豪遊してばかりのデリックじゃ正直世界は救えないと思う。と言うか救う気もないだろうな。

 だけど僕なら、この力なら世界を魔の手から救えるんだ。

 

 うん、僕は決めた。この力でみんなを助ける。

 そう心に決めた瞬間に、突然強い光がパァーッと輝いたんだけど、今度はすぐに収束。

 そしてミレイネス様を見ると12枚の美しい翼と頭に浮いてた輪っかが無くなってたんだ。


 あ、もしかしてさっき言ってた退化ってやつが起きたのかな。

 それってつまり天聖と言う力を失って人間になったって事だよな。

 きっと悲しんでるよね。だって神様からただの人間になっちゃったんだからさ。



「あぁ……これで一緒ですね……うふふ」



 あれ? ミレイネス様、喜んでる。何でもいいけど喜んでるならいっか。安心したのか何故か僕も笑った。



「素敵な笑顔ですね……うふふ」



 た、たまらん……ミレイネス様の笑顔の方が素敵です! たまらんです!



「こ、こここれから、どどどうどうどうすれば?」


「はい。まずは神威刀を使い熟すところから始めましょう。とりあえず幻界へ……」



 そう言ってブツブツと呪文を唱えるとミレイネス様は光の渦を空中に出現させた。



「げ、げげ幻界とい、い、言うのは?」


「天翔様が作られた修行場です。人間界で修行すると2000年程かかってしまうのですが、幻界だと人間界の時間で30日程度で住みます。納得するまで鍛錬に励めます!」



 ん? でも、天聖の力は失われたんじゃなかった?

 どうやってその幻界に行くんだろう。



「神気は失われましたが、これまでの知識は失われません。それに魔力は使えますので、神気でなくともゲートを繋ぐのには十分です」


「そ、そう、ですか……」



 僕とミレイネス様は光の中に飛び込んだ。

 幻界。そこで神導としての力、そして神威刀を使い熟す事が僕の当面の目標になった。


 2000年分の修行だもんな。流石神様だけあってスケールがでかいな。


 でもこの修行もすぐに完了となる事をこの時の僕は知らなかった。

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