俺は絶対に合体しない

よしし

プロローグ 【千年前の物語】

「童貞……捨てたかったな……」


 魔王最後の言葉である。


 この魔王、赤子の時から天才と呼ばれ魔界の英才教育を受けてきたエリート。

 言葉を初めて発した時、体からあふれ出た魔力に驚いた魔族がその力を測ったところ、既に魔王軍幹部クラスに匹敵していた。


 五歳の時に中級魔法を会得し、十歳の時には上級魔法を唱え、二十代に差し掛かる頃にはこの世の魔法全てを網羅もうらし、魔界を統一。歴代最強魔王として君臨してきた。

 

 そんな魔王の中の魔王だが、そっちの方の知識や経験は皆無であった。

 従者や周りの者達は皆優しく温かく接してくれたが、何故だかそういう雰囲気にはならなかったのだ。


 それもそのはず、この魔王、種族は人間である。

 

 それに気付くのは最後の最後、人類との最終決戦にて死力を尽くし、勇者と相打ちになった時だった。走馬灯が浮かぶ中様々な思いが頭を駆け巡り、何故か死ぬ間際に口にしたのがこの言葉だった。


 自分を相討ちにまで持っていった勇者と呼ばれた者。

 勇猛果敢で、決してあきらめることのない光輝く眼を宿した少女。

 強く、気高く、美しくとはまさに彼女のことを言うのだろう。


 その姿をまぶたに焼き付けこの世を去れるのなら悔いはない。

 大の字に倒れた魔王は最後の力を振り絞ると、同じく致命傷を負って倒れている勇者に向かって敬意を持ちながら首だけ傾けた——。


「処女……捨てたかったな……」


 勇者最後の言葉である。


 こちらも又魔王と同じく、数ある勇者の歴史の中でもピカ一の才能を持った者だった。神童と呼ばれ、これまでの勇者が成し遂げてきた数々の偉業をいとも簡単に攻略してきた。


 オーガと呼ばれるA級の熟練戦士達が束になってようやく倒せる怪物を、一振りの剣で倒したことに始まり、S級指定禁止区域の古龍をたった一人で倒した事から、齢十五にしてドラゴンスレイヤーの称号を手にし、魔王軍からはキラーマシンと恐れられ、人々からは救世主と呼ばれ称えられてきた。


 そんな彼女も年相応の事には興味津々だった。


 冒険仲間や知り合いには良い雰囲気になった者も複数おり、チャンスは何回もあった。だがいつも直前で他の子にとられてしまったり、応援して譲ってしまったりと、とうとう人生でその時がくる事はなかったのだ。


 最後、魔王との一騎打ちで相討ちになった時、勇者の使命を果たした達成感の後、頭に思い浮かんだ少女のやり残した事がこれだった。


 今まで戦った誰よりも強く、そして魔族とは思えない程人間らしく紳士だった魔王。

 こんな男と自分が結婚したら一体どんな子が生まれ、どんな家庭を築くのだろうかとあり得ない妄想をしてしまいフッと笑う。

 せめて最後にその顔を拝みながら、勇者としてこの世を去ろうと、すぐ横で倒れている魔王の方に顔を向けた。


「「えっ」」


 勇者魔王共々、絶対出てこないであろうおかしな言葉を耳にし、お互い見つめ合ったまま目を見開く。そして次の瞬間二人は笑ってしまった。

 

 つまり二人は同じ境遇、似た者同士だったのだ。


 人類として、魔王として、やるべきこと果たすべきことは達成できた。

 だが個人としてはどうだろう?

 子孫は残すことが出来ず二人の血はここで絶える。


 過去の偉大な歴史として刻まれるかもしれないが、これからの未来に二人の血が関わることはない。例え二人にとって良い世の中になったとしても、その恩恵を受けることは出来ないのだ。


 魔王は願った。


(あぁ、種族の差や相手の地位等関係なく誰もが平等に子孫を残せる、そんな世の中だったらな……)


 勇者は思い浮かべた。夫と子、三人仲睦まじく幸せに過ごす自分の姿を。

 天を仰ぎ、沈みゆく意識の中二人はしくも同じ言葉を口にした。


「「合体……してみたかったな……」」


 こうして人類と魔物の戦いは終止符をうち、しばしの間平穏な日常が訪れた。

 この物語はそれから千年後の話である。


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