空を騙る者達【第一部完結】
カエデ渚
第一部 新市街編
序
日常とは、安寧の連続である。安寧の保護から逸脱した時間は日常とは呼べず、逆に非日常とは安寧の寄り添う部分とは別の領域の時間軸を指す。
故に我々は、人民の安寧を担保するための、或いは非日常の中にその身を置く人民の安寧を取り戻すための真実の探究が必要であり、安寧の連続という怠惰な日常の取得の先にある、真なる幸福への道筋を捉えることこそが、護民官の最も重要な使命である。
どうやら
賢木護民官事務所の所長にして唯一の所員であった彼女と対峙して、採用面接の最後に語ったその言葉がきっかけとなって俺は彼女の下で働く事を決めたのだ。
大学の講義でも、護民官資格取得の為の教本にも、そんなことは書かれていなかった。
護民官とはその名の如く、市民を護るだけではなく律する為の存在であり、彼らを正しき道へと導くことが最重要事項である。
彼らに寄り添い、彼らを導き、彼らを尊ぶ。
そんな事ばかり教えられてきたのだから、その革命的とも言える思想は、これまで教えられてきたことがいかに保守的であったかと衝撃を受けた。
自身の人生を左右するほどの影響力のある人物と出会ったのは初めてで、憧れとか尊敬だとかそういう安っぽい感情ではなく、それを言葉で表現するのは非常に難しいが、それでも敢えて言語という非常に不自由な概念に則って表すのならば、誇りというものを感じていた。
彼女と共に働けること自体が、誇りに思えるのだ。
これから話すのは、その誇りに関わる小さな事件の話だ。
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