第11話

◇――[何を作るにおいても]――◇



 さて、野営をすることにはなったが、太郎は問題を抱えていた――そう、食糧調達である。普段より備蓄を持ち歩いてはいるが、それは現地の食材を含めて初めて形となるのだ。幾ら野営だからといっても、ある程度のクオリティを保った食事を提供したい。それは太郎のプライドをかけた死活問題と化していた。


 太郎は「少し席を外します」と言い残して、洞穴の探索に足を延ばした。古龍によって整えられた上下左右には、所狭しと瓦礫が敷き詰められている。とはいえ、それらは完全ではなくて、小さな隙間が空いているのが見て取れた。中には、そこから苔のような植物の生える箇所もある。


「苔が自生できるのなら、他の植物もあるいは……」

「へぇ、植物の造詣が深いんだ」

「……気配を消すのがお上手ですね」

「こう見えて勇者だからね。どう、尊敬した?」

「いいえ。それより、もう豪胆さを演じるのは諦めたのですか?」

「あぁ、あの口調のことね。……もうやめたの。どうせ死ぬかもしれないし、最後くらいは自分を偽りたくないなって」

「良い考えだと思います。それに、その口調の方が女性として魅力的です」

「ちょっと、薄暗い洞窟だからって、急に女を口説くのね」

「別段、深い意味のない言葉だと受け取って下さい」

「危険が迫っているとはいえ、貞操観念は自暴自棄になってないからね」

「いい心がけです。まだ生存を信じる活力のある証拠ですから」

「……だといいけどね」


 苔は湿度の高い場所に自生する種が多い。特に洞穴の中は冷えるが、それは空気中の魔素が水素を冷やすからに他ならない。風の通りが悪い洞穴に水素は蓄えられて、それが多湿化させている可能性が高い。となれば、狙える食材は幾つか考えられた。


 隅々まで視線を光らせれば、ようやく目的の品を見つける。すぐに近づいて、その真ん丸な頭を人差し指で撫でた。それは太郎の指に押されて、ぺこりと揺れる。瓦礫の隙間から伸びるそれは、窮屈そうに三本ほどの束を作っていた。


「あっ、キノコよね、それ」

「そうです。おそらくシメジ科のキノコだと思われます」

「こんな洞穴でも生えるのね」

「いい着眼点です。本来ならキノコは木を媒介に生態を形成する種が多い。ですが、こういった魔素の濃い地域では、植生が乱れるのです。それは菌類でも例外ではありません。こうしたキノコであっても、生息地は植物に近似していますから」

「そうよね。キノコって木に生えてるイメージがあるし」

「僕の居た世界でも同じでした。だから魔素の織り成す生態系は興味深いです」

「あまり注目したことが無かったけど、小さな発見て幾らでもあるのね」

 

 太郎は「ですね」と答えて、視線をキノコへ戻した。地質的な要素と言うより、この世界では大気的な要素が植生に関わる場合が多い。それは菌類であるキノコにおいても例外ではない。おそらく魔素による特別な栄養素が、植物の概念を地球とは異なる形に変えているのだろう。


 地球で言えば本種は「しめじ」に近い容姿だ。薄茶色の頭にひび割れを作り、そこから白い身体を伸ばしている。可愛らしく素朴な容姿かつ、この小さな体で束を作るのは、キノコらしさと言えるのかもしれない。もちろん奇抜な種もがあるが。


「これは僕も食べたことのない種です」

「それって危険じゃない? ただでさえキノコって毒のイメージが強いし」

「僕のスキル:野営には、毒物を見分ける『啓蒙』という能力があります」

「……あらら、簡単に明かすのね」

「エメロッテとの戦闘を拝見しました。そこでリオンさんのスキルに見当がついたからです。僕だけ情報を搾取しているみたいで、申し訳ない気持ちがありましたから」

「へぇ、どんなスキルだと見てるの?」

「おそらく『受動スキル』です。常時発動型で、自分でのコントロールは困難。動作に付随する擬音が背後に生じ、その威力を飛躍的に向上させる」

「かなり核心に迫ってる。でも、それが全てじゃない」

「ほう、それは楽しみです。明日の希望に繋がりますから」

「対人戦の方が得意だから、敵の部隊によっては見せられるかもね」


 やや自身が無さそうにリオンは言った。その視線には恐怖よりも、寂しさの方が色濃く表れている。それは、生に対する執着なのかもしれなかった。


 太郎は頬を掻き、しめじの採取に戻る。手に取った一本を指でつまんで、眼鏡の縁に反対の手で触れる。するとキノコの周囲にぼんやりと青いオーラがまとわりつく。これは毒物ではない時の反応である。啓蒙は金縁の眼鏡とリンクしており、縁に手で触れることで発動するのだ。


 それからも洞穴を歩き回れば、幾つか採取することに成功した。後は、これを形にするだけだ。幾つかの備蓄を含めれば、十分な食事になるはず。その絵図に、太郎は口元をほころばせた。


 料理の為に拠点へ戻り、まず太郎は毛皮を二枚とりだした。片方にリオンが腰を下ろして、小さく「どうも」と呟く。首肯のみを返答として、太郎は調理器具をカバンから出して並べた。太郎の手際を見て、エメロッテが関心の鼻息を吹いた。それで網がスライドして、手の届く位置から離れていった。キッと古龍を睨みつければ、彼女はビクリと肩を震わせた。その些細な仕草から覗く力関係に、リオンは唖然として口をポカンと開けていた。


 最初に篝火をつければ、何故か古龍が「わっちを覗かないでおくんなし」と一言。理解の及ばないリオンに、「あの篝火は人の心の写し鏡だわよ」と説明してしまったから、また太郎がエメロッテを睨んだ。彼女は顎を地面につけて、自ら口が動かないように固定する。それは平伏に他ならなかった。


「あ、あなたの複合スキルって、どれだけ能力があるの?」

「企業秘密です。とはいえ、元々は戦闘向きのスキルではありませんから、過度な期待をすれば失望することになりますよ」

「それだけ色々できて、尚且つ古龍を屈服させて、だったら何むきなの?」

「……そうですね。言うなられば生存むきです。こうした局面こそ輝くスキルですから、今夜の料理は期待してください」

「昨晩から思っていたけれど、あなたの料理は自前よね。スキルの影響なんて、ほとんど無いように見えるけど」

「それも企業秘密です。リオンさんにできるのは胃を満たすことだけですから」

「はぁ、もういい。探るだけ無駄な気がしてきた。どうせアナタと敵対しても、勝てるわけがないもの」


 いわゆる三角座り(または体育座り)で、彼女はジトッと太郎に視線をやる。それにむず痒さを覚えつつも、太郎は篝火のセットを始める。おもむろに床の瓦礫を一つ剥がして、ポケットから取り出したメタルマッチを近づけた。


「……それはなに? 見たことのない道具ね」

「これはメタルマッチです。ロッドとストライカーから成る着火道具ですね」

「いや『ですね』じゃないわよ。専門用語を噛み砕きなさい」

「ロッドは金属の棒です。削った細かな金属片は非常に可燃性が高いです。ストライカーは金属棒を削る為の道具ですね。鋭利で硬い金属片なら、基本的に成立します」

「それで……瓦礫に火を点けるの?」

「まあ……そうです。基本的に何でも燃やせるのが『篝火』の能力でもあります」

「それってエメロッテにも火を点けられるの?」

「一応は可能ですが、魂の抵抗力に起因しているので、ある程度の暴力が必要です」

「急に野蛮になったわね」

「質問に答えただけです。とはいえ広範囲を一気に燃やせるほど火力もありませんから、有効な攻撃手段かと聞かれれば難しいところです」

「確かに、これで床が燃え広がったら終わりね」


 太郎がシャッとロッドを擦れば、盛大に火花が散った後に、剥がした瓦礫に火がついて燃え上がった。篝火は自分の身分をしっているようで、必要以上には燃え広がらずにいる。これは太郎の精神を投影しているから安定しているだけで、激情に心を振るわせれば結果は変わる。もちろん試しはしないが。


 続けて太郎は、床に木の小さな俎板をおいて、しめじから石突を外した。束から一つを取り外して、軸を持ってクルクルと回す。特に意味はないが、茶色い頭を回す様子は何処か見応えがあった。


「ねぇ、料理を待つだけっていうのも退屈だし、あなたの過去の続きを教えてよ」

「僕に見返りはあるんですか?」

「ないわ。でも、もう野営について少しは知っているし、先を話せるんじゃないのかなと思ってさ」

「……わかりました。では、あの先を少し摘まみましょうか」


 若干、篝火に動きがあったような、とリオンは思った。あれが心の写し鏡なのであれば、今は誰の心を投影しているのだろうか。きっと自分であれば、明日の不安が災いして、その火は小さく縮こまったことだろう。考えられる可能性は二つ、古龍か彼か。既に答えは胸中にあって、いつの間にか視線は火に囚われていた。

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