デジタル・カリスマ ~ネットに憑依した天才高校生~

翔夜

第1話

 ある日突然、高校生・藤原健太郎は、体調の異変を感じた。初めは些細な症状だったが、日に日に状態が悪化していくのを感じていた。そして、一人で動けないような状態になって、医師に診察してもらった結果、恐ろしい事実が告げられることになった。


 最初は母親だけが、その後、健太郎自身が、母親と一緒に医師と面談した。医師曰く、難治性の神経変性疾患で、長い横文字の名前と、現在の医学では治療法が見つかっていない症例がまだ極めて少ない病気とのことだった。医師たちは病院を挙げて全力でサポートするというようなことを言っていたが、要するにできることは病状の進行を遅らせることしかないということだった。そして、はっきり言わないが、その先には死が待っているということは想像が出来た。あまりのショックに医師の説明も、健太郎には他人事のように聞こえていた。


 健太郎は有名進学校に通う高校生であった。父とは幼いころ死別したため、母子家庭で育った。小学生のこらからプログラムを組みだし、すでに数々の素晴らしいプログラム設計をして賞も受賞しており、自身のSNSのチャンネルも絶大な人気を誇っていた。いわゆる、スーパー高校生であり、若きインフルエンサーでもあった。彼は、常に周囲の予想を超えるコンテンツを世に送り出し、膨大なフォロワーを抱えていた。対外的には、「KENTARO」で通しており、本名は非公開としていた。


 健太郎の考え方は、常に同世代の若者の共感を得て、全国の高校生で彼の名を知らないものがいないくらいのレベルの有名人になっていた。それに伴い、かなりの収入も得ており、母親を経済的にも支えていた。そして彼は、東京大学現役合格も無理なく狙える学力を有していた。誰もがこの天才高校生の将来を期待し、畏敬の目を向けていた。健太郎は、この若さで、すべてを持ってしまった青年だったのだ。


 母親以外は健太郎が「KENTARO」であることを知る者はいなかった。母親は、健太郎の為に病院に広い個室を用意してくれていた。健太郎は医師の話を聞いた夜、一人きりになって、声を出して泣いた。医師や家族の前では、淡々と振舞ってきたが、顔を歪めて泣き崩れた。ようやく、自分が置かれている状況に実感が湧いて来たのだ。未来の不透明さと死の恐怖が彼の心を容赦なく押し潰した。


 それから数日は、健太郎は病院のベッドの上で無気力に日々を過ごした。しかし、彼はただ絶望しているだけではいられなかった。自分の命が限られていることを知りながらも、何かを成し遂げたい。そう、生きる意味を見つけなければいけないと思い始めた。


 健太郎は、ネットの世界では、高いITスキルを持ち、デジタル化された世界を生きる若者の象徴のように振舞っているが、実は「古代の呪法」など古くから伝わる人智を超えた超能力や魔術の類にも深い関心を持っており、高校生ながらそちらの文献を多数あたり研究を続けてきた。IT技術やAIの発展に乗る一方で、古代の人間が操ったと言われる神秘的な力の存在にも注目していた。ネットを通じて知り合った世界中の友人たちからそれに関わる古今東西の数々の書物や文献を入手しており、その数は小さな図書館を開けるほどのデータ量レベルになっていた。


 入院以来、SNSの自身のチャンネルの更新もやめ、ネット上の表舞台から突如姿を消した。毎日病室で先の見えない無為な日々を送っていた健太郎は、好きなデータ化された古代呪術の文献をぼーっと眺めて一日を過ごす生活を繰り返していた。そんなある日、ある古書のデータに目が留まった。それは、「魂のデジタル化」に関わる研究の資料であった。そして、その後健太郎は何故か取りつかれたようにその文献や、関係資料をむさぼるように読みだした。


 絶望の中、健太郎は、古代呪法による「魂のデジタル化」に、自らの運命を変える方法が見いだせるのではないかという強い期待を持ち始めていた。魂をデジタル化し、物理的存在を離れた思念体として、インターネットの世界へ憑依することが出来るのではないかと、彼の天才的頭脳は考え始めていた。


 それ以来、健太郎は、日々の治療や医師たちとの会話を前向きに重ねるふりをしながら、隠れて「魂のデジタル化とインターネットへの憑依」についての研究に励んだ。彼の知識と洞察力は驚異的であり、徐々に呪法の理解は深まり、そして、自らの魂をインターネット上に憑依させる方法を突き止めた。そしてその時、彼の眼に再び光が灯った。

「これが、俺の生きる道だ……」つぶやきが深夜の病室に響き渡った。


「魂のデジタル化とインターネットへの憑依」について、理論的に確信を持った健太郎は、呪法による実践に取り組み始めた。

科学的アプローチではなく、今だに解明されていない神秘の力を使った試みだった。深夜の病室で、健太郎は呪法の儀式を行った。古代文字を唱え、精密な手つきで呪法の符を描く。彼の意識は文献から探しだした言葉に集中し、魂をデジタル化する方法を何度も試した。そしてある晩、

「この魂を……ネットの彼方へと……」

心の中で強く念じながら、彼は、もう何度目かもわからなくなるくらいに繰り返した呪文を唱えた。またダメかとあきらめかけたその瞬間、まるで突然の強風を受けるような感覚に体が包まれた。


 次第に彼の意識は肉体から解放され、デジタルの世界へと広がっていく。それは、いままで体験したことのない感覚だった。彼の魂は自らの意思でネット上を自由に漂い始めた。思念体化に成功したのだ。

「これが……俺の新しい世界……!」感動に心が震えた。

思念体と化した健太郎には、視覚による制約は無く、思うものが360度、しかも立体的な感覚で認識できるという不思議な経験をしていた。眼球を通した視覚情報とは根本的に違っていたのだ。

ベッドの上には、目を見開いたまま、抜け殻のように身動きしない自分の姿があった。

「(これが物理世界を離脱するということなのか!話に聞く幽体離脱のようだな。)」

と健太郎は思った。そして、5感を超えた超感覚を持ったことを実感した。思ったり、考えたりしても脳という器官を使うという感覚や、それに伴う記憶の制約のようなものも感じない。情報は無限に広がっていて、時の概念を超えて出し入れ自由な感覚である。ネットでつながっているところならどこへでも移動でき、接続されている機器に物理的な作用も及ぼせる。

「すごいな。こんなことも出来るのか。」


 しばらくして、再度呪文を唱え、抜け殻と化していた自分の体に戻った。自分のSNSのチャンネルを開くと、ベッドで目を開いたまま固まっている自分の画像が現れた。そして、「記念すべき第一歩の足跡をここに残す。」という文字が浮かんですぐ消えた。そして写真も薄くなって消滅していった。

「(どうやら夢じゃなかったようだな。)」自然に笑みがこぼれた。


 その日以来、健太郎は夜な夜な興奮と喜びに胸を躍らせながら、デジタルの世界に飛び込んでいった。自由自在にネット上を、そして情報を行き来し、知識と洞察力を駆使して様々な情報を解析し始めた。

インターネット回線を通って、世界の重要施設のセキュリティシステムの中にも入っていった。そして監視カメラを通じて、建物内部を視察することも出来た。多少時間はかかっても物理世界のものとは違い、ほんの数分の話だった。世界が自分の手のひらにあると錯覚してしまうような感覚に襲われた。


 健太郎は、絶望の淵から、宇宙の英知の高見に登ったのだった。そこには至高の世界があった。人類の英知が、神の領域に入り込んだような気がしてならなかった。


 健太郎は、インターネット上で新たな存在として生まれ変わっていたが、物理的な存在としては、苦しい闘病生活の中にいた。化学療法による副作用に苦しみ、肉体の衰弱にあらがうように、リハビリのような体を動かす訓練に日々取り組まされていた。されでも、日に日に体は弱っていった。

「何もしてあげられなくてごめんね。」と毎日付き添ってくれている母親の美枝は、毎晩病室の健太郎の枕元で泣いていた。父が早世してから、母一人子一人で生きてきた。美枝にとって健太郎はすべてだった。

「悲しまなくて良いよ、母さん。俺は死ぬのなんて怖くないから。」と健太郎は笑って見せた。

「死ぬだなんて、縁起でもないこと言わないで。あきらめちゃだめよ。一緒にがんばろう。」

 美枝は無理に笑顔を作った。

「そうじゃないんだよ、母さん。俺は決してこのままでは終わらない。終われないんだ。そのことを決して忘れないで欲しいんだ。」

「どういうこと?」

「今はそこまでしか言えない。でも今後起こることを不思議に思わずに今日の俺の言葉を思い出して欲しいんだ。だから泣かないで。」

不思議そうな顔をする美枝にやさしく笑いかけながら健太郎は静かに目を瞑った。

その穏やかでなぜか自信に満ちた健太郎の顔を見て、美枝はその日から何故か泣くのをやめたのだった。

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