絶対に恋人を作らないクラスメイトに渾身のプレゼントをしたら、俺の方が幸せにされそうです
俺の朝は早い。
高校の友人達は毎日のように夜更かししていて朝起きるのが辛いとか言っているが、俺はどれだけ遅くに寝ても早朝に目が覚めてしまう。
そんな俺の毎朝の日課は、ゴミ出しとランニング。
ジャージに着替えてゴミを持ち、マンションの一階にあるゴミ捨て場にゴミを捨てたらその足で近所の公園まで向かって軽く汗を流す。
「おはようございます」
ランニングから帰って来るとスーツを着た女性とすれ違う。
まだ朝の六時を過ぎたばかりだと言うのにもう出勤するのだろう。
大人の世界は大変だ。
同じマンションの住人ということで挨拶をすると、相手は事務的な感じで軽く会釈をしてくれるだけ。
別に愛想が悪いなどとは思わない。
むしろこうやって反応してくれるだけでもマシな方だ。
それにしてもこの人、ほぼ毎日この時間に会うんだよな。
家族は心配していないのだろうか。
俺はマンションに入る前に上を見上げる。
ある窓の向こうに、出発したスーツ姿の女性の背中を見つめる、俺と同い年くらいの女の子の姿があった。
その子は女性が見えなくなったからか、それとも俺の視線に気づいたからか、カーテンを閉めた。
「そういや、
「プレゼント?」
学校でダベっていると、友人の
「ほら、
その名前を聞いて、俺はクラスメイトであるその人物に目をやった。
三日月
校則違反を厭わない制服の改造や、派手めの化粧。
机の上に座って豪快にキャハハと笑う彼女は、男目線で言う『ギャル』だ。
ただ、その見た目に反して彼女は非常に気遣いが上手い。
『オタクに優しいギャル』なのはもちろんのこと、オタクだけじゃなくて『みんなに優しいギャル』だ。
カーストに関係なく誰とも対等に接し、誰とも明るく話が出来て、クラスメイト同士で問題が起きそうだと率先して仲裁する。
だからこそ彼女がいるこのクラスは生徒同士の仲が良く、当然、彼女自身も人気である。
どちらかと言えば平均以上に可愛い方であるし、休み時間にお菓子ばかり食べているのにスタイルも悪くない。
男が苦手そうなギャル風味がもう少し弱ければ、告白されまくってもおかしくは無いだろう
「なにそれ」
「マジで知らないの!?」
俺は彼女と一緒のクラスになったのは今年が初めてだ。
それまでは
だから彼女については実はあまり知らない。
幾人がそれほど驚くという事は、学校レベルでの一般常識の話なのだろう。
「ほら、三日月さんってモテるでしょ」
「やっぱりそうなのか?」
「そりゃあそうだよ」
どうやら俺が思っていた以上に、ギャル風味は敬遠されていなかったらしい。
「でも三日月さんって誰かと付き合う気が無いらしいんだ」
「へぇ~意外」
てっきりとっかえひっかえ男と付き合って遊んでいると思ったのに。
「三日月さんもそう宣言しているのに、それでも告白してくる人がいてさ」
「面倒臭くなったのか」
気遣いの出来る彼女の事だ、相手をなるべく傷つけずに断るのは大変なのだろう。
「多分そう。それでさ、三日月さんは『私が心から欲しい物をプレゼントしてくれたら付き合っても良い』って条件を出したんだよ」
「マジか」
確かにそれならばどんな告白が来るか身構える必要が無いし、断るのもそのプレゼントは違うと言えば良いだけなので楽だろう。
告白する方も分かりやすい目標が出来たので、別の方法で告白するようなことはしないはずだ。
だが、このやり方は彼女らしくないな、とも思った。
「それって嫌なやり方じゃね?プレゼントを貢いでくださいって言っているようなものだろ」
男を陥れる様なやり方は、『みんなと仲良く』の彼女の方針とは大きく異なる。
むしろ男を侮辱する行為とも受け取れる。
それとも、彼女をそう変えてしまうくらいに、無神経に告白を繰り返す男子のことが嫌だったのだろうか。
「それが違うんだな」
だが俺のそんな杞憂は間違いだと断言された。
幾人、そして三日月本人に。
「酷いよスケさん。ぜんっぜんちがうよ~」
「誰がスケさんだ」
名字と名前の一文字を取ったのだろうが、そんな呼ばれ方したこと無いぞ。
彼女はクラスメイトを奇妙な愛称で呼ぶ。
俺と賢護の話が聞こえたのか、彼女が割って入って来た。
「プレゼント貰い放題でウハウハだろ」
「そうそう、ウッホウホ。でも邪魔だから捨てるのがちょーめんどい」
「やっぱり酷いじゃねーか」
「キャハハ、冗談冗談」
バンバンと思いっきり肩を叩いて来る。
男子にもこうして遠慮なくスキンシップをしてくるから人によっては嬉しいだろうが、俺は痛いだけだ。
「三日月さんはプレゼントを受け取らないって宣言してるんだ」
「そうなのか?」
「そりゃそうっしょ。受け取ったらマジで極悪人じゃん」
「でもそれじゃあプレゼントしたい奴はどうするんだ?」
「プレゼントしたいものを買う前に三日月さんに伝えるんだよ」
「ほ~なるほど」
それなら贈る方もお金を使って無駄にすることは無いわけだ。
エコだな。
でもこれって告白の儀式みたいなもんだよな。
プレゼントを渡さないで言葉で説明するって、なんか間抜けだな。
「だからスケさんも遠慮なく考えてね」
「俺はプレゼントしないぞ」
「え~なんでさ!」
「お前と付き合いたいなんて思ってねーし」
正確には、俺は誰とも付き合うつもりは無い。
そんな余裕は無いのだ。
「それはそれで腹立つ」
「なんだそれ。実は俺のことが好きとか?」
だからこうやって発破をかけてくる。
本当に好きな人が全然告白してくれないから。
なんて話は物語の中だけだ。
「無い無い。あたしは真面目じゃなくてちょっとお馬鹿な人の方が好きだもん」
おいコラ、余計なこと言うな。
話を聞いている男子が大打撃を受けているぞ。
特に、モテるために勉強を頑張ってたやつが。
ご愁傷さまだ。
「俺は真面目でも頭が良くも無いぞ」
「キャハハ、それ本気で言ってるの。うっけるー」
「いやホントだって」
「ふ~ん、前のテストで二十位だった人が何を言ってるのかな」
「チッ、良く見てやがる。上の化け物達と比べたら全然だろ」
「あたしと比べてに決まってるじゃん。自慢じゃないけど赤点ギリギリだからね」
「本当に自慢じゃねーな」
それならそれで、何も問題無い。
俺もこいつも、お互いに興味が無いのだから。
「俺がとやかく言う事じゃねーが、程々にしろよ」
ほんの僅かの可能性を信じて玉砕して精神を病む奴が出てくる可能性が無くは無いからな。
こいつが絶対に受け取る気が無いのが分かっていても、だ。
「ええ~ホントにプレゼント考えてくれないの?」
「何だよ、俺とは付き合いたくないんだろ」
「そうだけどさ。別に考えてくれても良いじゃん」
「もしかして、マジで心から欲しい物があるのか?」
「あるよ」
教室がざわりとざわめいた。
誰もが告白を断るための方便だと思っていたのに、この世には絶対に存在しないのだと思っていたのに、それは『ある』と宣言してしまったから。
だが俺は皆の反応などどうでも良かった。
むしろ全く目に入らなかった。
「……」
「……」
俺はこいつからの声にならない言葉を受け取ってしまったからだ。
「ま、気が向いたらな」
興味なさげにそう言うと、こいつはあっさりと諦めて俺達から離れて行った。
――――――――
「しゃーねぇな」
三日月の誕生日まで、まだ一月以上もある。
それまでにあいつが『心から喜ぶプレゼント』を用意する。
別にあいつに惚れたとか、実は好きだったとか、そういう理由ではない。
とある理由により、俺はあいつのために全力を尽くして良いと思ったからだ。
日曜日の朝。
俺はいつも通りに早起きし、ジャージに着替えた。
ゴミ出しは無いので、今日は手ぶらでランニングに向かうのだけれども、出発を一時間程遅らせた。
別に今日が休日で学校に行かないからではない。
「おはようございます」
あのスーツ姿の女性と同じタイミングでマンションを出るためだ。
その人が日曜日も早朝から仕事に向かっていることを俺は知っている。
俺と入れ違いでなかったことがいつもと違い気になったのか、その人はほんの少しだけ不思議そうな顔になったが、そのままいつも通りに会釈だけしてマンションを出ようとする。
「あの、ちょっといいですか?」
俺は初めてその人に声をかけた。
俺が三日月、つまり
駅まで向かう間であれば、歩きながら話を聞いてくれるらしい。
「来月、三日月さんの誕生日だと聞きました」
「そうだったわね。それで何の話があるのかしら?」
彼女は俺に用件を話すように促す。
世間話などするつもりは無いようだ。
俺も別に世間話としてこの話題から入ったわけでは無い。
「俺は彼女にプレゼントをしたいんです」
「何故その話を私に?」
その疑問は当然だろう。
俺とこの人は今日初めてまともに話をする間柄だ。
いくらクラスメイトの母親とはいえ、いきなりそんな話を聞いてくるのを変に思われても仕方ないだろう。
「実は三日月さんは学校で人気でして、男子から色々とプレゼントを貰っています。でも彼女は要らない物を貰っても困るから止めて欲しいと思ってるんです。だから彼女が本当に貰って嬉しい物を俺はプレゼントしたいんです」
「あの子そんなに人気だったのね。意外だわ」
わりぃ、三日月。
少しだけ脚色した。
こっちの方が自然だと思って信じて貰えそうだったからな。
別に人気なのもプレゼントを贈られようとしているのも本当なんだからいいよな。
「それで私にあの子の好きなものを聞きたいのかしら。悪いけど、私は分からないわ」
「そうなんですか?」
「ええ」
親が娘の好みを知らないなんてことはありえるのだろうか。
それとも
俺には分からない。
「つまらない意見しか言えないけれど、貴方が心を込めて選んだものなら、何でも喜ぶのではないかしら」
「どうしてそう思うんですか?」
「だってあなた、あの子の彼氏なんでしょう?」
あ~そうか。
この人の視点ではそう見えちゃうか。
三日月が好きだからこそ彼氏として勇気を出して初対面の母親に話しかけに来た、と。
ここで訂正するのはマズい気もするが、誤解させるのはもっとマズい気もする。
「違いますよ」
「あら、そうだったの」
淡白な反応だったな。
彼氏でも無いのにこんなことをするなんて、娘を一方的に狙った気持ち悪い奴と思われるかと思ったのに。
「警戒しないんですね」
「しないわよ。あなたなら良いんじゃない?」
「え?」
「だってあなた、毎朝早起きしてジョギングか何かやっているんでしょう。生活を自己管理出来ている人なら、悪い人では無いのでしょう」
驚きの事実。
なんとこの人の中では俺の評価が元々そこそこ高かった。
別に嬉しくないけど、話を聞いてくれやすいという意味ではラッキーかな。
なんとなくで朝ランを始めた俺、ナイスだ。
「というわけで、もう良いかしら」
「いえ、まだ本題に入ってません」
「そうなの?」
「はい、別に俺はプレゼントの内容を相談したかったわけでは無いですので」
「?」
そう、プレゼントの内容はもう決まっている。
三日月が心から喜ぶプレゼントは、一つしか無いのだ。
だから、俺が三日月の母親に言いたいことは別にある。
「お願いします。三日月さんの誕生日に彼女と一緒に過ごして下さい」
親と一緒に過ごす誕生日。
これこそが、俺が三日月のために用意するプレゼントだ。
「どういうこと?」
どうもこうも、そのままの意味だ。
「三日月さんが一番欲しい物は、ご両親と過ごす時間です」
何故そんなことが分かるのか。
三日月と特別な関係があるわけではないし、込み入った話をしたことがあるわけでもない。
ただのクラスメイトとして、時折会話をする程度の関係。
彼女の家庭がどうなっているかなど、知る由もない。
だが、俺には彼女が心から求めているものが分かっている。
何故なら、母親を窓から見つめて送り出す三日月の寂しげな顔と同じものを、俺は知っているからだ。
あれは間違いなく、親の愛に飢えている顔だ。
「あの子はもう高校生よ。親から祝われても嬉しくないでしょう」
この人が高校生の時はそうだったのだろうか。
それともそれが世間一般での認識なのだろうか。
だが、そんなのは関係ない。
普通がどうであれ、三日月が家族を求めていることは間違いないのだから。
「それに無理よ。その頃は仕事が一番忙しい時期だから休めないわ」
例えそうだとしても、俺は頭を下げてお願いする。
「無理を承知でお願いします。どうか、三日月さんと一緒に過ごして下さい。それこそが、彼女が最も喜ぶことなんです」
この人は決して娘に興味が無いわけではない。
家族よりも仕事が好きなんてことは無い筈だ。
だってこの人は、俺との話を面倒だと雑にあしらうのではなく、しっかりと聞いてしっかりと考えて応えてくれている。
俺が娘にとって危険を及ぼす人物でないことを考えて判断してくれていた。
そして何よりも、『親から祝われても嬉しくないでしょう』と告げた横顔が、僅かだけれども寂しそうだった。
「やっぱり無理。それに、あの人だって難しいでしょう」
あの人。
そうだ、俺がやるべきは、この人の説得だけじゃない。
ここでその人を理由に断るのなら、まずはそっちを攻略してやる。
「それじゃあ俺が何とかしますので教えて下さい」
「え?何を?」
「その人の仕事先を」
三日月さんの父親は研究職の仕事をしている人だった。
ひたすら研究に没頭するタイプの人間で、何日も家に帰らないのが当たり前。
そんな人間だから会うことは難しい。
仕事場まで押しかけても、知らない人と話をするなんて時間のムダだからと拒否される。
俺という人間が怪しいから、とか仕事とは無関係だから、と言う理由なら分かるが研究の邪魔と言われるのはあまりにも予想外だった。
とはいえもちろん諦めはしない。
理由はどうあれ、会うことを断られることそのものは想定内だったのだ。
だから俺は搦手を使った。
そしてそれは成功し、三日月の父親は娘の誕生日に家にいることが約束された。
後は母親だけだ。
俺は父親陥落の報告と、彼女にも仕掛けた搦手の成果を確認するために、彼女の仕事場へと向かった。
「はぁ……まさかあの人を説得出来るなんて。しかもこんなところまで来るなんて、あなた何者なの?」
いや、自分のパートナーを聞く耳持たないきかん坊みたいに言うなよな。
今度は夫婦仲が心配なんだが。
三日月の前でケンカとかしないでくれよ。
俺は今、三日月の母親が勤めている会社の会議室で、彼女と向かいあって話をしている。
「俺は普通の高校生ですよ」
「普通の高校生は、会社に押しかけてこないわ。しかも勝手に会議が入れられてたと思ったら、何故かあなたがいるじゃない。どんな魔法を使ったのよ」
「別に特別なことはしてませんよ。それより、休めそうですか?」
俺が特別な能力の持ち主であるとか、そんなファンタジーな話ではない。
やれることを考え抜いてやっただけだ。
「だから無理よ。こんなところまで来てもダメなものはダメ」
「そうですか」
「ほら、もう帰りなさい。私は忙しいんだから」
「それでも俺はまだ諦めるわけには行かないんです」
そして俺は会議室の扉をちらりと見る。
困り顔の彼女は、その俺の様子に怪訝そうな顔をする。
俺は彼女にとっては単なる娘のクラスメイトだ。
彼氏ですらない。
その程度の相手では説得することは難しいだろう。
でも、それなら他の身近な人が説得すればどうだろうか。
「主任!私達に任せて下さい!」
勢いよく扉が開き、三人の女性社員が会議室の中に入って来た。
「あなたたち!?」
「娘さんの誕生日なんでしょう。休んであげて下さいよ」
「そうそう。ただでさえ主任は毎日毎日毎日毎日、早朝から深夜まで会社で仕事してるんだもの。娘さんが可哀想ですよ」
「今回ばかりは絶対に休んでもらいますからね!」
彼女達は、三日月さんの部下だ。
俺が説得出来ないのなら、説得出来る人にお願いすれば良い。
それだけのことだ。
俺は三日月さんの会社に行き、三日月さんが会社の人と一緒に出てくるのを待った。
本当に忙しいならば土日でも同僚も出社していて、例えば昼食を食べるなどで一緒に出てくるかもしれないと考えた。
すると運良く狙い通りに彼女達の姿を目撃。
しかも一緒にいる女性達は、どうみても恋バナとかが好きそうな軽い雰囲気だ。
好きな女の子の幸せのために三日月さんを説得したい。
そのために高校生の若い男の子が必死になっている。
それは彼女達の大好物のシチュエーションであり、また、三日月さんが家に帰らないことを長い間心配していたこともあり、俺が声をかけて相談したらとんとん拍子に話が進んだのだ。
「はぁ……そういうことなのね」
三日月さんは俺の仕組んだことに気が付いたのだろう。
頭に手を当てて、首を軽く左右に振っている。
「あのねぇ、貴方達に任せられると思う?」
「それは酷いです。一日くらい私達だけでも大丈夫ですよ」
「そうそう。部下を少しは信用してくださいよ」
「私達だって成長してますから」
ただ、それでも簡単には折れてはくれない。
「それが本当なら昨日みたいなミスはしないはずだけど?」
「「「……」」」
う~ん、どうもかなり分が悪いみたいだ。
これはちょっと予想外だな。
三人も味方してくれたから、勢いで押せると思ったんだけどな。
と思ったら、予想外の所から助けが来た。
「それなら私が代わりに彼女達の面倒をみよう」
「部長!?」
どうやら三日月さんの上司までもがやってきたようだ。
いつのまにか、スーツの似合う渋いナイスミドルが会議室に入って来ていた。
「家族は大事にしなさいと、普段から言っているだろう」
「ですが、部長のお手を煩わせるわけには」
「部下のワークライフバランスを守るのも私の仕事だ。勝手に仕事を奪おうとするんじゃない」
「うう……」
これにて勝負あり、かな。
良かった。
これで俺のプレゼントは完成しそうだ。
ここまで無茶をやったんだ、三日月め、絶対に楽しめよな。
今年の三日月の誕生日は、運良く日曜日。
もしも俺のプレゼントが届いたのなら、一日中家族との時間を堪能したはずだ。
一つ不安なのは、俺の事を両親が三日月に伝えてないかどうかだ。
別に俺は三日月と付き合いたいわけでは無いからな。
変に誤解されたら面倒なことになる。
俺はただ、あいつが俺に助けを求めていたような気がしたから行動しただけだ。
心から欲しいものがあると答えたあの時、一瞬だったけれども、あいつが俺を見る視線にその意思が感じられた。
そして、毎朝寂しそうに母親を見送る姿を見て『同情』していたからこそ、助けてやりたくなった。
だから付き合いましょうなんて言われても困るのだ。
困るんだよ、本当に!
「
月曜の朝、三日月は教室に入るとすぐに、クラスメイトからのおはようの挨拶を無視して俺の所へ駆け寄り、爆弾発言をしたのだった。
「「「「「「「「!?!?!?!?」」」」」」」」
教室の時が止まる中、俺は冷静に答えた。
「なんでだよ。俺はお前にプレゼントなんてあげてないだろ」
「ううん、最高のプレゼントをもらったよ」
「気のせいだ」
「気のせいじゃない」
「気のせいだ」
「気のせいじゃない」
「気のせいだ……って段々近寄るな!」
ああもう本当に面倒だ。
俺は恋愛なんてする余裕が無いって言うのに。
「前も言ったけど、俺はお前と付き合いたいと思ってないぞ」
「うん、知ってる」
「だからお前にプレゼントを贈るはずが無いんだ」
「それは違うよ」
そう言うと、三日月は俺の耳元へと顔を寄せた。
「賢護くんは私の事、毎日気にしてくれてたでしょ」
俺は大馬鹿だ。
そりゃあ気付くに決まってるじゃないか。
俺が毎朝、マンションを下から見上げてこいつの姿を見ていたという事は、こいつからも俺の姿が見えていたという事。
寂しそうな自分の顔が見られていたことも、俺がこいつの母親と話をしながら外に出たことも、全部知っている。
その少し後に、両親が自分の誕生日に不自然に休みをとって構ってくれた。
俺が何かしらしたと考えるのは当然じゃないか。
「たとえ同情だったとしても、こんなに素敵なプレゼントを貰えて、好きにならない女の子はいないよ」
分かっていたさ。
分かっていたから、俺はおまえの両親に俺の事を言わないようにお願いしておいたんだ。
俺に恩を感じ、俺に想いを寄せることになってしまったのなら、それを受け止めてやれないことが申し訳なかったから。
なぁ、三日月。
普通の男子高校生は、お前の寂しげな顔と母親への視線だけで、お前の本心を確実に察することなんか出来ないんだぞ。
俺だから気付いたんだ。
俺だからお前が親の愛情に飢えていることに気付いたんだ。
お前と似ている寂しげな顔を、毎日鏡で見ているから、気付いたんだ。
俺みたいな辛い想いをする人なんか居てはならないと思ったから頑張ったんだ。
だからさ、俺はお前と同じで誰とも付き合う気は無いんだ。
だって俺が求めているものは、お前が求めていたものと同じで、恋愛じゃないから。
そんな俺の内心をまるで見透かしているように、三日月は驚くべき言葉を口にした。
「今度は私が助ける番だよ」
すげぇな。
まさか気付いていたのか。
いや、そうか。
俺が自分の顔を鏡で見ていたように、こいつもまた自分の顔を鏡で見ていたんだ。
だから気付いていたのか。
俺もまた、お前と似たような顔をしていることに。
だがその感覚は少し間違っている。
「俺はお前とは違うぞ?」
小声で三日月に答えた。
三日月の両親はお前への愛情があった。
だから周囲が頑張ることでなんとかなったんだ。
だが俺の場合は違う。
俺が思い込みや勘違いで両親から愛されていないと勘違いしているわけではない。
俺の両親がすでに他界しているというわけでもない。
誰がどう見ても、どう考えても、全くの誤解する余地もなく、
俺の両親はクズだ。
俺に完全に興味が無い。
いわゆる『ネグレクト』。
親の愛情なんてものは何処にも無いし、生まれる可能性すらあり得ない。
俺を助ける、か。
果たして無いものを生み出すことなんて出来るのか?
三日月は俺から体を離して、大声で力強く宣言した。
「絶対にキミのことを幸せにするから!覚悟してよね!」
ははは、俺を幸せに、か。
不思議だな。
絶対に無理だと思うのに、三日月の勇ましい姿を見ると、何故かこいつと一緒に笑い合える未来が来るのではないかと、ほんの少しだけ感じた。
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