世界は恋にあふれている(現代恋愛短編集)

マノイ

幼馴染と毎年好きなところを伝え合っていたら、普通に結婚して幸せになりました。

「つーくんは、かっこよくて、やさしくて、いっしょにいるとしあわせなきもちにしてくれるひとです!」

「れんちゃんは、かわいくて、やさしくて、いっしょだとたのしい!」


 うろ覚えの記憶。

 恐らくは保育園の時の会話だろう。


『お互いの好きなところを伝え合おう』


 このテーマで友達を褒め合うという内容だったと思う。


 れんは、俺と同じ保育園に通っていた幼馴染だ。

 お互いの両親が高校時代からの友人という事で、家族ぐるみで付き合いがある。

 俺達は生まれた時からいつも一緒で、それが当たり前だと思っていた程度には仲が良かった。


「あたし、つーくんのことだーいすき。またすきなところをいいあいっこしようね!」

「うん、いいよ!」


 蓮の提案を簡単に承諾してしまったのは、俺がまだ幼くて恋愛のレの字も分かっていなかったからに違いない。


 この時、俺と蓮は一年に一回『お互いの好きなところを伝え合う』という約束が交わされた。




 だがそれはあくまでも幼い頃に交わした儚い約束。

 それが無かったことになりそうな機会は山ほどあった。


 その機会が一番多かったのは小学生の頃だろう。

 小学生になると、子供の頃特有の『女子と一緒に遊ぶなんて恥ずかしい』という固定観念が俺の中に生まれ、蓮から距離を取りたくなったのだ。

 この感覚は男子である俺以上に、女子である蓮の方が強そうなものだが、蓮は全くそのようなそぶりを見せずに、俺が離した距離をぐっと縮めて来た。


「つーくんは今年も格好良くて、優しくて、頭が良くて、運動が得意で、一緒に居ると幸せな気持ちにしてくれる人です」


 しかも毎年、好きなところが少しずつ増えて行く。


 俺は蓮と褒め合うことが恥ずかしくて堪らなくなり、何度も止めようと思った。


「もう今年から言わないからな!」


 だが、蓮はそれを許してはくれなかった。


「え~もしかしてつーくん、私の良いところ分からないの?私はこんなにもつーくんのこと分かるのに?私の勝ち―!」

「ぐっ……わ、分かるに決まってるだろ!」


「つーくん……私の事、嫌いになったの?ふぇええ……」

「いや、あの、そ、そうじゃなくてっ」


「つーくんに泣かされたって、つーくんのお母さんに言おうかな」

「それは卑怯だろう!」


 時には煽り、時には泣き落とし、時には脅し、必ず俺からの好きの言葉を引き出していた。


 そんな蓮の絶対に離れないと言う意思にあてられたのか、俺は次第に蓮が近くに居ることに慣れ、周囲も俺と蓮がペアであることを自然であると受け止め囃し立てられることが減ったこともあり、気の置ける友人として普通に接するようになっていた。

 蓮が男同士の話題や遊びについてこれたというのも大きかったと思う。

 ぶっちゃけ気が合うから楽しかったのだ。

 男友達と接するような感覚で、恋愛感情は全く無かったが。




 それが中学生になり思春期を迎えると、俺の中の蓮に対する想いはガラっと変わることになる。


「なぁ、お前って神楽さんと付き合ってるのか?」

「付き合ってないぞ」

「マジかよ。いつも一緒に居るじゃん」

「あ~幼馴染で小さい頃から一緒に遊んでたからな。それだけだよ」

「ふ~ん、じゃあさ、俺に紹介してよ」

「は?何で?」

「だってめっちゃ可愛いじゃん!」

「可愛いって……蓮が?」

「分かって無かったのか!?」


 クラスメイトとのこの会話がきっかけだった。


 これまで蓮のことは幼馴染の友人としか捉えておらず、恋愛的な意味で異性として意識したことは殆ど無かった。

 しかし、改めて他の女の子と比較すると蓮がとんでもない美少女であることが直ぐに分かった。


 その日から、俺は蓮を見るたびに顔が紅潮し、胸の高鳴りが止まらず、まともに接することが出来なくなった。


「(うわぁ、超可愛い。何で俺、今まで気付かなかったんだろう)」


 俺はあまりの気恥ずかしさから、笑顔で話しかけてくる蓮から逃げるようになり再度距離を置くようになる。

 まだ恋愛初心者の俺には、告白するという勇気は持てなかった。


 だがもちろん蓮は俺を逃がしてはくれない。


「ねぇつーくん、私の事、意識してる?」


 その年の約束の日、蓮から逃げるために迂回して近所の公園を通って帰宅していたところ、行動ルートを読んだ蓮に捕まってしまう。

 そして、相変わらずの可愛らしさに見惚れてドキドキしている俺の内心をズバリと言い当てられた。


 異性に対する好意を本人に知られるのは恥ずかしい。

 また、蓮は俺の事を友人と思っているのに俺は蓮のことを一方的に異性として意識しているなんて知れたら、蓮に軽蔑されるかもしれない。


 その照れくささと恐怖で感情が混乱している俺に、蓮は予想していなかった言葉を投げかけて来た。


「私はずーっと前から、同じ気持ちを感じてたんだよ」

「……え?」


 気付けばいつの間にか蓮の顔は見たことが無い程に真っ赤になっていた。

 それこそ、気恥ずかしいセリフを伝え合う約束の日ですら見たことが無い程に。


「えへへ、やっとつーくんに意識して貰えた」 


 俺が蓮を一方的に意識しているなんていうのは、盛大な勘違いだったことに気が付いた。

 あまりの愛おしさで、気付けば俺は蓮を抱き締めていた。


「私はつーくんが好き、格好良くて、優しくて、頭が良くて、運動が得意で、ちょっとばかり鈍感で、でも一緒に居ると幸せな気持ちにしてくれる」

「俺は蓮をずっと友達だと思ってた。一緒に居ると楽しくて、安心出来て、そういう意味で好きだと思ってた。でも今はその……か、かわいくて、好き……なんだと思う」

「えへへ、嬉しい」


 蓮はいつも、俺を逃がさない。

 そして大事な言葉を引き出そうとして来る。

 俺はこんな恥ずかしいセリフ言えるようなタイプじゃないのに、不思議と蓮相手だと口走ってしまう。


 この日から、俺と蓮は腐れ縁の幼馴染から、恋人関係に変わった。


 とはいえ、多感な年頃だ。

 お互いを知り尽くし、気兼ねなく接することの出来る相手というのは良い面も悪い面もある。


 そしてその悪い面が影響し、ある時、俺と蓮は大喧嘩をした。

 喧嘩の理由は些細なことだったが、これまでに無い程の言い合いをしてしまったからか、お互いに仲直りしたいのに、中々言い出せないもどかしい状態が続く。


 周囲の男共は、これを期に蓮を奪ってやろうと虎視眈々と狙っている。

 そのことに対する苛立ちで不機嫌になったのもまた、仲直りが遅くなった原因だろう。


 それを打ち破った蓮の行動は、通っていた中学校の伝説となった。


 文化祭の日。そして同時に約束の日。

 蓮は体育館のステージをジャックしたのだった。


「つーくん好き!大好き!格好良くて、優しくて、頭が良くて、運動が得意で、ちょっとばかり意地っ張りで、でも一緒に居ると幸せな気持ちにしてくれる」


 まさかの公開告白だ。

 先生方は大慌てで蓮の暴挙を止めようとするが、蓮の相談相手だったであろう友人達が必死になって道を塞ぐ。

 俺は周囲の生徒達から『ここまでやらせておいてお前何やってんだよ』的な視線を一身に受けて針の筵状態。


 この日、俺は思ったね。

 蓮は俺がこれまで感じていた以上に、俺と離れる気は無いのだと。

 そしてそれは俺にとって言葉にならないほど嬉しくて、一生一緒にいることを予感させた。




 俺と蓮は高校生になると、人目を憚らずにイチャイチャするようになった。

 クラスメイトから『爆発しろ』の視線を常時浴びているが、俺が逆の立場だったら同じことを考えただろうから受け入れよう。


 蓮の美しさは更に磨きがかかっている。

 俺も負けないようにと、身だしなみは平均的な男子高校生よりも気を使っていると思う。


 というか、蓮が約束の日になるたびに『格好良い』とか『頭が良い』とか『運動が得意』とか伝えて来るから、それらを維持しようと必死だったりする。


 だってさ、それらが次の年に減ったら俺の好きなところが減ったってことになるだろ。

 そんなの嫌じゃんか。


 俺は蓮によって素敵な男子であり続けなければならない呪いにかかっているのだった。

 まぁ、その対価が最高級の美少女との恋人関係なんだから文句は言えないけどな!


 そんな幸せ尽くしの高校生活の二年目。

 約束の日に、重大事件が待ち受けていた。


「それじゃあつとむ、出かけて来るから家の事お願いね」

「蓮ちゃんに優しくするんだぞ」


 なんと両親が蓮の家族と一緒に旅行に出かけると言うのだ。

 しかもその間、蓮が俺の家に泊まることが決まっている。


「努くん、こんな不束者だけどよろしくね」

「泣かせたら許さないからな!」


 蓮のご両親の言葉は、まるで娘の結婚相手にかける言葉のようだった。


「も、もう、お父さんもお母さんもっ……!」


 真っ赤になって二人をポカポカ叩いている蓮がめっちゃ可愛い。

 じゃなくて、これってつまり、両親公認でアレをしても良いよって背中を押してくれてるってことだよな。

 蓮の挙動不審な様子からもそれは間違いなさそうだ。


 俺、理性抑えられる自信ないぞ。


 その日は、お互いぎこちない感じで昼間を過ごし、夕飯を食べ、そしてその時はやってきた。


「私はつーくんが大好きです。格好良くて、優しくて、頭が良くて、運動が得意で、ちょっとばかりエッチで、でも一緒に居ると幸せな気持ちにしてくれる。だから、今日は沢山幸せにして欲しいな」


 この後、滅茶苦茶幸せにした。

 いや、俺がされたのかも。




 そして高校二年生の正月。

 親戚一同が集まり大騒ぎをする毎年恒例の日。


 俺は親戚一同に蓮との関係を根掘り葉掘り聞かれながら、お酌をして周り話し相手となっていた。

 全てはお年玉の為である。


 するとこの日、俺と蓮の恋愛話に関係して、叔母さんから父さんと母さんの恋愛話を聞くことが出来た。

 その話を聞いて、俺は一つの決心をすることになる。


「努くんと蓮ちゃんの話を聞くと、拓弥さんと麗奈のことを思い出すわ」

「ちょっと姉さん止めてよ」

「良いじゃない、減るもんじゃないし」


 叔母さんによると、父さんと母さんは高校時代に付き合っていたらしい。

 つーか、生々しい性事情は止めて下さい。両親のそういう話を聞かされても気まずいだけです。


 でも一つ謎が解けた。

 自分達の経験があるから、あの日、俺と蓮を二人っきりにして背中を押したんだな。

 幼い頃からお互いの両親は俺達をくっつけようとしてたから、納得ではある。


「でね、やっぱり傑作なのがプロポーズの言葉よ」

「お義姉さん、それは流石に恥ずかしすぎるので!」

「なんでよ、努くんの参考になるでしょ」

「あはは……変な内容だったら止めてあげて下さい」


 叔母さん、反応に困る事言わないでください。

 ……気にはなるけど。


「変な内容じゃないのよ。確か『一緒に居ると幸せな気持ちにしてくれる人です』だったかしら」

「……え?」


 凄い聞き慣れたフレーズが聞こえて来たんだけど、偶然だろうか?


「傑作なのはね、これがパクリだったことなのよ」

「義姉さん、勘弁してくださいよー」

「パ、パクリ、ですか?」

「そうそう、実はね、これって先に蓮ちゃんのお父さんが使ったんだって。それを聞いた拓弥さんが真似したそうよ。自分の言葉で言えって感じよねー!」


 泥酔一歩前で高笑いする叔母さんと、照れて困ったようにオロオロする父さんと母さん。

 でも俺はあまりの衝撃で、そんな騒がしい様子が全く意識に入ってこなかった。


『一緒に居ると幸せな気持ちにしてくれる』


 これは蓮が幼いころから毎年必ず俺に伝えてくれた言葉だった。

 そしてそれは、蓮の父親がプロポーズに使った言葉。


 これは偶然だろうか。

 いや、それは無いだろう。


 そもそも園児が使うにしては少し難しい表現だ。

 両親からこれがプロポーズの言葉だと話に聞いていた可能性は十分ある。


 蓮がそのことを知っていて、この言葉の意味を知っていて、あえてずっと使っていたのだとしたら。


「(俺は、毎年プロポーズされていたのか……?)」


 俺が蓮のことを異性として意識するずっと前から、蓮は俺の事が好きで結婚したいとまで想ってくれていた。

 そしてその想いは変わることなく今に至るまでずっと続いている。


 蓮の想いの強さを知り、俺は蓮への愛おしさで頭がどうにかなりそうで、今すぐ蓮をこの手で抱き締めたい気持ちに駆られた。

 蓮がご両親と一緒に正月旅行に行ってなければ、今すぐにでも走り出していただろう。


 まってろよ、蓮。


 想いの期間は負けるが、今の蓮に対する想いの強さは負けてないってことを今年は教えてやるからな!


「私はつーくんが大好きです。格好良くて、優しくて、頭が良くて、運動が得意で、今年はどれもいつも以上に凄くて、一緒に居ると幸せな気持ちにしてくれる」

「俺は蓮を愛している」

「ふえっ!?」

「可愛くて、優しくて、明るくて、俺の事を好きでいてくれて、一緒に居ると幸せな気持ちにしてくれる」

「つ、つーくん、それって……それって!」

「だから蓮、高校を卒業したら俺と……」


 幼馴染と毎年好きなところを伝え合っていたら、普通に結婚して幸せになりました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る