プラス・ワン~原初の存在は魔法の世界をぶっ壊す!~

リンネ

第1話:秩序を乱すモノ

壁も天井も無くどこまでも広がる真っ白な空間。真っ白なテーブルに、真っ白なローブを着てフードを目深にかぶった被ったたくさんの人影。


…………もし俺たちを観測できた奴がいたら、そんな風に見えたりするのかな。



「無投票六、賛成九十三、反対……いち。よって賛成多数で可決じゃ。……それでよいな?─────”ハンドレッド”よ」


「…………」



誰が決めたのか代表づらをして進行役を務める爺さんが、その顎の白髭を撫でながら俺に問いかける。



「よいな、と聞いておるのだ。前々からこの議題に後ろ向きであったようだが反対票はお主だけだ。今更一存で覆ることはないが……意思の確認はしておこう」



返事なんてしてやるもんか。絶対に。



「…………フゥ……もうよい。お主ももはや納得することなどないであろう」



大げさにため息を吐いた後、爺さんは腕を掲げながら高らかに宣言した。



「これより、すべての次元に新たなることわり──────『魔力』を組み込み……このユークリア空間の格を上げ、我々はついに『プラス・ワン』へと至るのだ!」


パチパチパチパチパチパチ──────


「素晴らしい!」「我らの悲願が叶うのですか!」「やりましょう!何としてでも!」「フンッ……ハンドレッドにはルーツとしての崇高な考えは理解できないと見えますなぁ」



拍手は鳴りやまない。円卓を囲むほぼ全員が口調と声色、身振りで喜びを表現している。


ユークリアには文字通り全てがある。宇宙、また別の宇宙、無限の次元も概念も全て。

その空間を作り上げたのが俺たち『ルーツ』であり、ルーツよりも高次な何かは存在しない。


でもたとえ存在はしなくとも、自分たちを一つ上に進化させて……”プラス・ワン”と名付けたさらなる領域に到達することはできるんじゃないかと、躍起になってこいつらが考え出したのが『魔力』だ。


全く新しく無限の可能性を秘めた素晴らしいものだとはしゃいでいるが、俺には全くそうは見えなかった。

生命いのちある者みんながこの力を持ったとしたら、大変なことになる。



「とはいえ……まずは小規模で実験をせねばなるまい。低次元世界の……十一階ほどでよかろう。ちょうどよい場をセブリーが用意してくれた」


「魔力の考案から実験の準備まで……流石ですな」



自分たちがプラスワンに行きつくことしか考えてないこいつらからしてみれば、そんなことどうでもいいんだろうな。



「お褒めに預かり、誠に光栄にございます……。我らが唯一自由にできないもの──────プラス・ワンへの道。必ずや私が示して御覧に入れます」


パチパチパチパチパチパチ──────……




………………

…………

……




「あームカつく!なんだ魔力って!」



自室のドアを乱暴に開け放って、タオルケットが隅に追いやられたベッドにダイブした。イライラが抑えきれずに枕に顔をうずめて、うーうーとうめき声をあげてしまう。



「なんであいつら聞く耳を持たねーんだ……。あんな無尽蔵にエネルギーを生み出す力なんか誰でも扱えるものじゃねー!絶対ぞ!」



魔力が作り出された当初から俺は断固として中止を訴えていた。しかしそんな言葉をルーツの面々は一笑に付し、俺を異端者として爪弾きにした。



「自ら進歩の可能性を捨てるとはの極みですぞハンドレッド」「何を躊躇することがあるのですか?取るに足らない細事を気にしていては何も得られませんよ」



嘲笑と一緒に返された言葉を思い出しながら、仰向けに寝返って虚空を見つめる。

自分たちが存在するがために空間も世界も何もかもが生まれた。俺はそこで育まれた命やその営みが好きで、それを守りたいだけだ。



「今だって幸せと悲しみのバランスは取れてないっつーのに……実験で使われた世界の命は……気持ちはどうなるんだよ……。あんな力を蔓延させたらもっと​──────ッ!?」



突然全身に走った悪寒を感じ、跳ねるように体を起こした。これはユークリアのどこかでことわりを揺るがすほどの何かが起こった時の気配だ。

だが、今回のはこれまでにに経験したことがないほどはっきりとした気持ち悪さがあった。宇宙創成の爆発はそこらじゅうで頻繁にあるし、無等次元が崩壊しかけたときでもここまでの怖気おぞけは無かった。



「なんだ、この感じ……まさかあいつら……もう実験を始めちまったのか!?でもこれはさっき言ってたような小規模なもんじゃねぇ……むしろユークリア全体が──────ッ!?」



そこまで考えが及んだ時、部屋のあちこちが粒子化している事に気が付いた。最初は少しずつ、次第に早く、部屋全体がちりとなって消えていく。



「ユークリアそのものが……”書き換えられてる”のか!!」



崩壊はみるみるうちに広がっていき、ついに指先から自分の体にも及び始めた。

どのように抵抗しても止めることはできなかった。



「クソ!呑まれる!──────ぐぁッ!!」



視界がまばゆい光に包まれ、俺はそこで意識を手放した。




………………

…………

……




キイィン──────……ガキイィン──────……



この洞窟に通ってもうどれくらいになるだろうか。何の変哲もない小さな穴だけど、何年も毎日来ていれば思い入れも出てくる。



「ハァッ……ハァッ…………フッ!」



石の台座に佇む人の顔ほどの黒い球体は、何度切りつけても傷一つつかない。それでも一歩一歩着実に終わりに近づいていることは、経験で理解できた。

汗がしたたり、ねえさんと同じ青色の瞳に入り込む。



「フンッ!──────……ッハァ……ハァ……フゥ……。もうすぐ日がくれる。今日はここまでかな」



今日もダメか。一刻も早く壊してやりたいけど、無理は禁物だ。森を出るのが遅れたらまたメリルさんや村のみんなを心配させてしまう。

血だらけで村に帰った僕を見て涙を流すメリルさんに……日が沈んで活性化した魔物と交戦したと伝えたときの表情は……今も鮮明に思い出す。



「この剣もそろそろ限界だな……。刃こぼれしないように工夫しないと」



替えの服、包帯など忘れ物の無いようにカバンに詰め、洞窟を後にする。この辺りに出る魔物もそれほど苦戦せずに倒せるまでに成長した。誰かに剣を教わったわけでもなく、村から洞窟までの往復を繰り返すことで足腰が鍛えられ、魔物との戦闘で実戦用の剣が磨かれたんだ。



「もうあんな思いはしたくない。もっと強くなって……必ず助け出すんだ」



手のひらに乗せた小さな花の髪飾りをきつく握りしめ、枝の間に見える橙色に染まった空を見上げる。

ふぅと息をつき、木々生い茂る森の中をスイスイと歩く。普通なら二時間以上かかる道も、今では三十分で村に帰れるまでになった。


でもこの日は何かが違った。数分歩いたところで違和感に気付き、ふと足を止める。



「妙に静かだ……。いつもならもう少し自然の音が聞こえるはずなのに」



言い知れぬ胸騒ぎにせっつかれるように剣を構え、周囲に集中して目を閉じる。すっかり馴染んだこの森でここまでの警戒をするのは久しぶりだった。



「一体何が──────ッ!」



刹那、真後ろに枝葉の不自然な揺らぎを感じ、素早く向きを変えて臨戦態勢をとる。植物の影から何がどのタイミングで来ようとも迎え撃てるようにと、意識するにつれつかを握る手に力が入ってしまう。普段ならこのような事態でも程よい緊張感で対応できたはずが、今僕の心をざわつかせている者が発する空気がそうはさせてくれなかった。



「(魔物じゃない!人か……?いや、にしては気配が野性的すぎる!──────……あれ?)」



そこで初めて、手足が震えていることに気が付いた。慌てて自分の膝を叩いたが、一向に収まることは無い。



「なっ、なんだよ!……グッ!止まれ!止まれって!……くそっ!なんで……!」



足音が近づいてきている。会敵までもう幾何いくばくの猶予もない。



「(くっ……来る!ダメだ!)」



草をかき分けついにその姿を現した襲撃者を見ることなく、ぎゅっと目をつむったまま切っ先をその方向に振り下ろした。

そして……



「うっ!うわああああああああ」

「どわああ!うるせぇな!急にでっけー声出すんじゃねえよてめー!」

「あああああぁぁ!……──────……って、え?」



魔物なんて比にならない……邪神か何かが飛び出して無残に殺されるんじゃないかと思っていた。

しかし現実に聞こえてきたのは可愛らしい女の子の声。

僕は恐る恐る目を開けた。



「ったくよー。気が付いたらこんな姿でぶっ倒れてるしよー。動物は群がってくるわ花に突っ込んで粉まみれになるわ……洗っても取れねーし最悪!」



信じられない光景だった。深くないとはいえここは森の中。不用意に立ち入れば命を落とすというのはこの世界では常識だ。だというのに目の前には……



「なぁ。ところでお前、ニンゲンだよな?俺はハンドレッドって呼ばれてんだけど……ここどこだ?お前の名前は?」



村はもちろん王都でも見たことがないくらいの美人な女の子が──────びしょ濡れの全裸で立っていた。

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