メイドカフェに幽霊がでた

優たろう

メイドカフェに幽霊がでた

 ミキから相談を受けたのは、閉店直後の午後10時を回ったところだった。大雨の天気予報が完璧に当たり、強い雨音が流れ込んでくる店内には私とミキしかいない。キッチン担当のマリコは閉店時間と同時に帰宅させた。彼女の家はここから電車で30分程かかる。途中で電車が止まると大変だ。

 BGMに、衣装に、内装に、接客にかわいいを尽くすコンセプトカフェ(いわゆる、メイドカフェ)も他の飲食店と変わらない。営業時間が終了したら食器を片付けて、掃除をして、売り上げをまとめて、その他諸々の雑務を終わらせて帰る。それも、閑古鳥の鳴く今日にあっては、閉店時間を待たずに終わらせてしまった。

 ミキは営業中は不思議ちゃんで通っているが、真面目で明るく、キャスト、スタッフの信頼は厚い。そんか彼女がメイドの幽霊を見たという。

「一昨日の開店10周年パーティーでみんなお店で寝ちゃったとき、夜中見ちゃったんです。メイド姿の女の子が2番テーブルの下でうつ伏せになっているのを。ポニーテールだったからはじめはリリーちゃんかと思ったんだけど、リリーちゃんは私の足元で寝てたから誰かなって。それでずっとそっち見てたら、顔だけこっちを向いて『たすけて』って言ったんです」

 興奮してめちゃくちゃに言って、ミキは泣き出してしまった。地雷メイクが崩れて、目の周りがパンダになる。

 両手に持ったネコ耳カチューシャを力いっぱいに握った。

「きっと、メイさんの幽霊ですよ!」

 この店には、「メイさんの幽霊」というウワサ話がある。この店ができてすぐの頃、メイという名前のメイドがいて、彼女は責任感が高く、すべてを完璧にしないと気が済まない人で、そのせいでお店で寝てしまうこともしばしばだった。そしてあの日も。

 その日はお店の上の階で改装工事が行われていた。その最中に工事中の事故で天井が落下し、運悪くお店で寝ていたメイさんの上に落下してしまった。事故の証拠を隠滅するため、メイさんの遺体はこのビルのどこかに埋められてしまったそうだ。

 この噂は私が働き始めた頃から聞いたことがあり、時折、目撃情報があった。

 「わかった。私が調べておくからもう帰ろ」と明るく言った。でも、ミキは一人暮らしのアパートに帰りたくないというので、しばらく私の家に泊めることにした。


 翌朝、お店に行くとスタッフ入口の前に40才くらいの女性が立っていた。パリッとしたスーツがよく似合っている。私が名前を聞くと、「ここでは『メイ』って名乗っていました」と言った。「メイさんの幽霊」のメイさんだった。

 メイさんを店内に招き、お店の隅の席に向かい合った。マリコとリリーにはキッチンの準備をさせ、ホールは自分がやると伝えた。

 メイさんの語った真相はこうだった。

 例の日、確かに工事の事故はあったが軽い脳震盪(のうしんとう)程度で、翌日にはまたお店に復帰した。お店を辞めた理由は転職で事故とは関係ないとのことだった。しかし、メイドたちが残業しすぎないように、この噂が流されたようだ。

 メイさんは「オーナーはまだこの話をしているんですね」と笑った。そして、「メイさんの幽霊」がいない証拠を示すため、今夜、一緒にお店に泊まることとなった。

 この日はお店が上々の込み具合で、他のメイドたちが帰ったのは11時を少し過ぎたころだった。それから電話をして、メイさんを招き入れた頃には0時になっていた。残しておいたフードとハウスボトルの赤ワインで軽く食事をとって、ソファーで横になった。


 少し寝ただろうか。窓を叩く強い雨音で目を覚ます。今日は雨の予報があっただろうか。スマホに手を伸ばそうとして、体が動かいことに気が付いた。金縛りだと自覚すると、背中に寒気が走った。瞼(まぶた)にだけ力が入った。

 見たらだめ。

 それはわかっているのに、好奇心は止められなかった。

 目を開けると正面に、うつ伏せで倒れるメイドの姿があった。

 この子が「メイさんの幽霊」なの?

 でも、さっきのメイさんより小柄に見える。

 さっきのメイさんはいったい誰?

 そのメイドは、ゆっくりと顔をこちらへ向けた。血の気の引いた真っ白な顔と、光を失った瞳が私を見る。

「たすけて」

 口は動いていないのに声だけ聞こえた。悲痛にその言葉だけ伝えた。

「たすけて」

「たすけて」

「たすけて」

「たすけて」

 その声がどんどん、どんどん私に近付いてくる。

 鼓動が早くなる。

 呼吸が浅くなる。

「たすけて」

「たすけて」

 その時、私の視界が真っ白のフリルに覆われる。彼女が一歩前に進んだとき、それがメイド服に身を包んだメイさんの背中だと気づいた。

 メイさんは、「メイさんの幽霊」の前にしゃがむと頭にやさしく触れた。

 幽霊の顔に表情が戻っていくように見えた。

「やっぱりあなただったのね、鈴」

 鈴と呼ばれた幽霊は、たっぷりの涙を浮かべ、目だけでメイさんの方をすがるように見つめた。

 メイさんは鈴さんの髪を撫でながら、動けない私に話した。メイさんがこの店で働いていた頃、お客さんとして一人の高校生が来店した。彼女はメイさんと仲良くなって、高校を卒業したらここで働くことをずっと楽しみにしていた。やがて大学生になり、面接もパスして、初出勤の前日、事故で橋から転落した。大雨だったため川から遺体は見つかっていないとのことだった。

 話し終わった頃には、鈴さんはすっかり少女の表情に戻っていた。メイさんは鈴さんの耳元に唇を寄せて何か伝えると、鈴さんは戸惑いの表情を見せた後、笑顔でうなづいた。


 その後、ふたりがどうなったかは知らない。気が付いたときには、カーテンの隙間から突き刺さる日光に照らされ朝を迎えていた。出勤してきたミキに「メイさんの幽霊」はどうなったか聞かれた。

「よくわかんない。でも、いると思う。メイさんの幽霊も鈴さんの幽霊も」

 それからも、私はこの噂話を流し続けている。私たちがお店に寝泊まりして、ふたりの大切な時間を邪魔しないように。

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