第2話
「お金ありがとうね」
「傷心中だからねー特別」
へへっと笑っていると、ちょっとした場所でつまずく。
「おっとっと」
「大丈夫?足ふらついてるじゃん」
「だいじょーぶ」
零の腕を取り、肩を持つ灯。
「ありがとー。あーイルミネーション綺麗だね」
「見る度に思い出さないの?」
「楓が好きだったから?」
「うん」
「好きな人の好きなモノは嫌いになれないよ。
だって好きなんだもん」
「そっか、好きになったんだねイルミネーション」
「うん。一人で観に行くことあるし、花火も毎年やるんだ」
「普通嫌いになるのに」
「なんでだろうね、私にもわからない」
イルミネーションとか夜景や花火は、楓の好きなものだった。
私はそれをそのまま引き継いで、好きになったと同時に、楓を思い出すものになった。
常にもうトリガーを外した拳銃をこめかみに突きつけられている気分だ。街は良かれと木に光の装飾があちこち巻かれていて、店の入り口の前なんかにも小さなツリーがあって、切なくなった。
私達は出逢って1か月持たず別れることになった。007のノータイムトゥダイが2年遅れで公開した年の、11月に出逢い、12月のクリスマス前には、もう終わった。
過ごすはずだったクリスマス。それがずっと心残りで、今もクリスマスになると、切なくなる。
この通りも。楓が悪い顔をして、煙草を取り出して、吸おうと言って、歩きたばこをした。
警察の車がたまたま近づいてきて、建物の影に隠れたりなんかして、店先にある灰皿に小さくなった煙草を押し付けて。
そうしたら、信号を渡ったところにあった足湯の指さすと、一目散に走って行って、暗くなった建物を見て、私に「開いてないの?」と聞いた。
「もう閉まってるよ」
「えー行きたかったなぁ」
残念そうに落ち込む楓は、ちぇっと拗ねていて、私は神社にある鐘を指さした。
「あれなんだろ」
「え、なになに」
夜というのに、楓は悪い顔して、全力で鳴らした。私も釣られて鳴らしたけど、その横には恋が叶う場所と書いてあった。
その横顔を見たとき、私はこれを叶う恋だと錯覚してしまった。横に稲荷様が居て、私はパンパンと手を叩き願った。
この人と末永く居れますように、と。
その横で楓は何を祈っていたのか、私には分からない。
目を開けるやいなや、腕を引っ張られ、
逃げるように走った。悪いことをしていないのに、悪いことをしている気分で、それも尚更青春を感じさせた。
青春らしい青春を送っていなかった私が、
唯一青春を感じれる時間は楓と居る時間だった。
唯一無二の存在だった。
「零、どうした」
「何が?」
「泣いてる」
伸びてきた手が私の頬辺りを拭った時、初めて涙が伸びる感覚がした。
「うそ、まじか」
私は慌てて、その感覚を失くすように、何度もコートの袖で拭った。
「寒くて目が痛くてさ」
「私も頭が痛いわ」
「だよね」
灯はそれ以来私の顔を凝視することなく、さりげなく視線を振るだけだった。
きっと私がもっと泣きそうなことに気づいたからだろう。
はぁっと吐いた息が白く上に上がった。
息の行き着く先を見ると、星が小さく散っていることに気づいた。一緒に見るはずだった。楓が大好きなプラネタリウムを。
地元の科学センターで、春夏秋冬でスクリーンに映し出される星が違うと知った時、4度もデートみたいなことができるんだと嬉しくなった。
そして私たちは約束した。全部来ようね、って。
サプライズでクリスマスの一週間前に予約した。
でもその日限って、私達は別れなければならなかった。その時ばかりは、パラレルワールドを信じた。どこかの世界線では楽しくプラネタリウムを見ている私たちがいると信じた。
そうすることでしか辛さを和らげることができなかった。
なぜ、私達が別れることになったのか。
それは2つ問題があった。私が一方的に好きになって、ただ好きだと伝え続けることが誠実であるという信条を掲げていて、それが重かったというのと、私が過去に自殺未遂をしていて、メンタルが不安定だった。それを楓は支えようとして、でもできなかった。それで楓は辛くなってしまったことが原因だった。
気持ちが重いというのは、改善できる。
でも心の問題は簡単にはどうにもいかない。
灯に前こう言われた。「家族の話するのやめたら?」と。
私の家族はもう家族という形を維持できず崩壊している。家族の話をするといつも暗くなり、メンタルも不安定になる。
灯はただ話すのをやめてみたら?という提案をしただけなのに、私にとっては、それは生きるか死ぬかと同等の話で、家族の話ができないことは、心を閉ざしながら話すことになる。
私の全ての根っこには、家族が関係しているから。複雑絡み合っているから。
それを誰かに絡み取ってほしいと思うのはエゴだろう。
でも、物語では必ずそれを理解してくれる人が現れるから、私は薄い可能性を信じてる。諦められないのは、つくづくバカだよなと自分でも思う。どこかでドラマのように、運命的な人が現れて、全てを補填してくれる相手と一生添い遂げることができるんじゃないか、と思っている。
ホント、何処までも能天気というか、純粋というか。たった1か月の関係だったのに、
思い出が多すぎて、私は何をしても楓を思い出す。
でもきっともう楓は私のことを忘れた。だから、結婚する。好きな人の幸せは嬉しいのに、どこか寂しくて、会えないことよりももう人のモノになるんだと思うと、ずっとずっと遠く感じた。
吐いた息は真っ白だった。
それから約束の日がやってきた。結婚式に出席すると言ってから、招待状が届いた。
何を着ていこうか、迷わなかった。
でも、家にある何年か着尽くしたビンテージ物ではなく、新たにスーツを新調した。
新しいスーツはパリパリとしていて、身体に張り付き、フォルムが分かりやすく出る。
クローゼットから緑色のネクタイを出し、鏡を見て付けた。これで少しは元気だと思ってくれるだろうか。
8年越しの再会。一瞬の視線のためにここまでする必要なかったかもしれない。
でも楓には何も気負ってほしくない。
だから、元気だという嘘をつきたい。
ブブーッとスマホのバイブ音が鳴る。
”何時頃着く?”
”今から、タクシー乗っていくよ”
”了解”
今日はきっとシラフではいられない。
帰りはバーへ行き、酔いつぶれるだろう。
先月買ったのに、まだほぼ満タンに入っている煙草を鞄に突っ込み、家を出た。
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