サイドストーリー 三上03 三上くん飲みに行く(後編)




「あ、お2人は今日もウイスキーですか?」


「いいじゃないですか、店はもう閉めましたから。 君もどうです?」


「もぉ… おつまみを用意してきますね!」



 久しぶりにこの店に来たときには暗い表情だった彼女も少しは明るくなってきたかな。

 

 彼女を目当てのあまり躾のできていない客と何度もお話しはしたんだが毎日のように来るのな。

 そりゃあうんざりもするか。




「ねぇ三上さん! なんで毎日通ってくれるんですかぁ?

 おうちに帰らなくていいんですぅ?」


「君は少し飲みすぎだよ、ほら水も飲んで?」


「でもマスターも気にならないんですか?」


「気にはなるが、踏み込み過ぎは良くないんだよ。」



 まぁ、それはそうか。

 ここのところ毎日通っているし、夕飯もここで食ってる。

 家に帰っていないのはわかりきっているよな。

 そうすればどういう事情か気にはなるか。



「2人しかいないからいいか。

 実は最近妻と折り合いが悪くてな、それでこうして外にいるってわけだ。

 寝泊まりは会社が仮眠用に用意してあるホテルがあるから問題ないけど毎回外食はちょっとな。

 だからここで手料理を食えるのはありがたいわけだ。」


 嫁の不貞やら家事の手抜きなんかについてはあえて言わなくてもいいよな。

 最後にあいつがまともに作ったものを食ったのは何年前だろうな…


「あの… お子さんには会いたくなったりしないんですか?

 三上さんくらいだとまだ小さいと思うんですけど…」


「うん?

 俺の子はもう高校生だぞ、それにあいつは…」


「高校生!?」


「あいつは…?」


「俺には命の恩人がいるんだ、その人のおかげで俺はこうして生きていられるし家族を食わせることもできた。

 その人を使いつぶせって言いやがった!!」


 ―――パリン


 力が入りすぎたか…

 ロックグラスを握り潰してしまった…


「悪い、グラスの代金は払うよ。」


「い、いえ…」


「そんなことより三上さん! 血が!!」


「これくらいはなんでもな「ダメです! ちょっと押さえておいてください!」あ、あぁ、わかった…」



 どうしたんだ?

 これくらいはすぐ治るんだが…




 店員の子は包帯を巻いてくれた。

 ありがたいんだがちょっと近くないか…?


「あの… 三上さんのお子さんが高校生というのは…?」


 うん? そっちの話しか?


「東城のハンター科にいるよ。

 もうCランクだし今後は好きに生きればいい。」


「その… お子さんに対して少し冷たくないですか…?」


「おい! さすがにそれは!」


「マスター、いいよ。

 君の言う通り俺は冷たいのかもしれない。

 妻が息子に月に10万以上の小遣いを渡しても、俺の現役時代の武器を勝手に持ち出して使ったり売ったりしていても黙認していたしな。


 知ってすぐはどうにかしようとしたんだけどな、その時期はハンターを引退して再就職した先の大事な時期で、俺も拾ってもらった恩もあって必死だったんだ。

 それに注意すると妻はヒステリックになって暴れるからその対応で仕事に穴を空けるわけにもいかず…

 家には金だけ入れてあとは… って感じだ。」


「その… お子さんは男の子なんですね、でもまだ高校生ですよね…?」


「Cランクハンターは学生でも月に50万程度は稼ぐと聞きます、親が養育する必要はないと思いますよ。」


「そうかもしれませんが、親の愛情は…」


「なにより許せなかったのはさ、俺の命を救ってくれて仕事まで世話してくれた大恩人のことを死ぬまで働かせて会社を乗っ取れって言ったことだ。

 それで家を追い出したんだけど、どうせ今頃は妻が家に入れているさ。」


「そう… ですか…」


「悪かったな、俺はこういうやつだ。

 家族より恩を優先する、それにあの方のおかげで俺も家族も食えてたんだ。


 学もねぇ高校中退でハンターあがりの俺を拾って、家族がいるだろうってことでハンター時代とかわんねぇ給料をくれてよ、そこまでしてくれるひとがどこにいるよ。


 出会ったときはモンスターにやられて手足の欠損、その治療費も取らねぇし…

 あの人に受けた恩は返せるもんじゃねぇんだよ…」


「あ………」



 ダメだな… 最近少ししゃべりすぎる…

 山下のときもそうだったが、少し気を許すとこれだ。

 引き締めねぇとな…



「すまないな、飲みすぎたみたいだ。

 今日のことは酔っ払いの愚痴だと思って忘れてくれると助かる。」


「はて?

 三上さんが不注意でグラスを割られた以外になにかありましたかな?」


「あぁ、そうだったな。 会計を頼むよ。」





「マスター…」


「君は踏み込み過ぎた。

 私たちはお客様に落ち着ける空間を作るのが仕事です。

 それなのに不愉快にさせてどうしますか。」


「すみません…」


「君の気持ちはわかるけどな、三上さんはおそらく40歳くらいだろう。

 それくらいの男性が家族よりも恩を優先すると言うんだ。

 どれほどの恩義を感じているかわかるというもの、あとは君がそれを受け止められるかだよ。」


「え…? 止めないんですか…?」


「どうして?

 息子さんのCランクを誇るわけでもなかった、あの話し方だとおそらく三上さんはBランクまでは上がっていたんだと思うよ。

 ならハンター特例があります。

 奥さんや息子さんとどうなるかはわかりませんが、君が第二夫人や第三夫人でいいのならいいんじゃないかな。」


(あの言い方だと奥さん以外にはいなさそうですけどね)


「私… 私は…」


「ゆっくり考えなさい。

 君には時間が必要だし、三上さんもすぐにどうこうという方ではないでしょう。

 三上さんに必要とされるように努力するなら私も応援しますからね。」





作者です


三上に春が来ましたかね?

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