第4話 ショートパンツと生足
コンビニまで自転車で行くと、入り口横でノートとコピーが入ってると思われるトートバッグを持った貴史が見える。
「ごめーん、待たせた!」と駆け寄ると、予想してない驚きっぷりでこっちが驚いた! なんだ、なんだ? 呼びつけておいて、なんなんだよ?
「なんだ?」
「いや、だってお前⋯⋯相手が俺だからって」
貴史は史上最高に真っ赤になり、僕の生足を、バッチリ見てた。視線で足が焦げるんじゃないかと思うくらいに。
こんなに表情豊かな貴史、珍しい。
「⋯⋯あのさ、もうすぐ暗くなるし⋯⋯いや、明るい時でもそれ、やめれば?」
姉ちゃんめ! やっぱり厄介なことになった!
周りからの視線も感じないわけじゃない。
「悪かったよ、気持ち悪いもの見せて。選択ミスってヤツだ」
「違う! 似合ってる⋯⋯似合ってるからこそ良くない。送るから、暗くなる前に帰るぞ」
返事をする前に貴史はどんどん早足で歩いて、置いて行かれそうになる。あ、と思った瞬間、通りがかりの男とぶつかって一瞬、嫌な顔されたけど、頭から足の先まで検分されて、ニヤッと笑って男は行き過ぎた。
「気を付けろよ。ほら」
強引に肩を掴まれて、僕の身体は貴史の身体にピッタリくっつくくらい、近くなる。
え、こういうヤツだったっけ⋯⋯心臓の鼓動がおかしなことになる。いやいやいや、貴史から見たら僕は女子だろうけど、僕の中身は男子なわけだから、男に肩を掴まれて心臓、バクバク言うな!
「迷惑かけてごめん⋯⋯」
貴史は立ち止まると、手を差し出した。
それはなんか、僕たちの間柄ではおかしくないかと思ったけど、この世界線ではそういう設定なのかとぐるぐる考える。男子は女子に紳士的に手を差し出す。
――幼馴染は安易に手を繋ぐんだろうか?
僕が戸惑っていると、貴史は僕の手首を握って歩き始めた。
僕の前を歩く貴史の顔は見えない。つまり、どういうつもりなのか、さっぱりわからない。
僕は足を早めて貴史の前に出て、その顔を覗き見た。
「ごめん。怒ってる?」
「なにがだよ」
「その⋯⋯」
そう言われると、答えは曖昧になって何とも答えにくい。僕たちは舗道で立ち止まり、気が付くと見つめ合うような形になった。
「純、悪かった。怒ってるわけじゃない。でも、勝手だけどやっぱり露出の多い服は夏でもやめた方がいいと思う。俺の言うことじゃないかもしれないけど⋯⋯。だけどさっきの男みたいに、お前の見た目だけ見るような男はゴマンといるんだよ。男なんてそんなもんなんだ。危険だ。学べ」
長台詞。
どうかしちゃったのか、コイツ。困った顔してこんなこと、真面目に言うなんてさぁ。
しかも元々、女子のスク水見たって「興味ない」って言ってたじゃんかよ。
「この足?」
ぺちぺち、露出した太ももを叩いてみる。
筋肉も贅肉もない、健康的な足だ。
「⋯⋯言わせるな」
「なんでー? なんか変だよ、お前。どうしちゃったの? 僕が男ならこんなんじゃないじゃん。無口、無愛想、無表情。それがお前じゃないの?」
「⋯⋯お前が男だったら? 何の話だよ。お前は今、確かに女だし、今にも走り出しそうな程短いショートパンツを履いてる。危機意識がない」
「あ、そーですね。この先はすぐうちだからもういいよ。帰る!」
「だからさ、俺は男だし女の子をそんな格好でひとりで帰すわけにはいかない」
こういう時の貴史の頑固さは、何をしても変わらない。不動、まさにそれ。
「わかった。帰ろう」
先を歩き出した僕の後ろを貴史は歩く。
まるで僕の後ろ姿を誰かから守るように。
確かに僕は男だった頃から小さくて頼りなかったけど、まさかこんな風になる日が来るなんてさ、思わなかった。
夏の日の、長い長い日中も終わりを告げようと、ほんのり涼しい空気が晒した足元を横切る。
9月は少しは9月らしい。
僕はどうだろう? 少しは女の子らしいんだろうか? もっとそれを意識した方がいいんだろうか?
「⋯⋯あのさ、短いショートパンツとかスカート、もしかして嫌いなの?」
くるっと後ろを向いて、その顔を仰ぎ見る。
貴史は何故か視線を外す。何故か、だ。
「嫌いというか、あまり好ましくない」
ふぅん、そういうものか。生足の女子は足に自信があって、多少は見られてナンボなのかとそう思ってた。
僕も直視はさすがに難しかったけど。
「あのさ、変なこと聞くけど、いい?」
「⋯⋯おう」
「あのさ」
なんて言ったらいいのかなって、今度は僕の方が考えてしまう。そうしてすぐに、言葉が出ない。
「あの、やっぱりもっと女の子らしくする努力、した方がいい? 『僕』とか、やめるべきかな? 女の子らしさってそもそもなんだ?」
貴史はまたしても驚いた顔で一歩、後ろに下がった。なんなんだよ、ホント。
親友の悩みくらい、聞けよ。
「あー」
視線は合わない。僕より高いところを見てる。
表情を隠すように、顔の下半分を手で覆った。
「お前は今のままでいい、と思う。俺もビックリするところもあるけど、お前はお前だし。むしろ、変わらないでくれ」
「そうなの!?」
「何年の付き合いだ」
「そりゃ長いけど。じゃあさ、僕のこと、他の女の子を見るみたいな目で見ないでくれ」
今度は貴史は、頭上からそっと、僕を見た。
「僕は普通の女の子と違うんだ。ちょっと、訳は話せないけど」
「⋯⋯いつだって俺にとって、純は純だ。言わなくてもわかれ」
「おう」
僕たちは安心して、拳と拳を軽く当てた。
何だか久しぶりの気持ちがした。それはついさっきまで、当たり前の僕らのサインだったのに。
「⋯⋯スカートもあんまり短いのは好きじゃない。純にだから言っておくけど」
「おう、僕も同意見だ。アレは落ち着かない」
ならいいんだ、とやけに大きな手が上から降ってきて、頭をぽんと、やさしく叩いた。いや⋯⋯触った?
じゃあな、とうちの前で手を振って貴史は帰って行った。そんなに遠くない、貴史の家へと。
◇
「姉ちゃん!」
「おかえりぃ。貴ちゃん、相変わらずイケメンだった?」
「そうじゃなくて! 怒られたじゃないかよ」
姉ちゃんはコントローラーを置くと「なんでぇ?」とゆっくり振り向いた。その目はまさにはてなマークだった。
「生足! 貴史、生足見せるなって怒ってた」
「ははーん。青春、やらし~」
「やらし~のは姉ちゃんの目付きだよ!」
姉ちゃんは僕を座らせて、自分もその前に座って胡座をかいた。
「純さ、女の子じゃん。女の子には、女の子にしか使えない武器があんのよ。諸刃の剣だけども」
「なんだよそれ?」
「だーかーら! 好きな男を釣るためにはさ、女子の魅力ってヤツが使えるわけ。ほら、UNOのワイルドカードみたいな」
「必殺技的な?」
「そーそーそー」
そこまで言って、姉ちゃんが僕の座った生足を「ペチン」と叩いた。
「それがこれよ」
頭の中でチッチッチッ⋯⋯と考えるが、よく理解できない。いろんな部分がだ。わからん。
「アンタだって、男子だった時、好きな女子の生足見えたらドキッとしたでしょうよ。階段とか、体育の時間とかさぁ。さゆりんの生足! ほら、思い出してみ?」
「あー」と言ったところで口を塞ぐ。バカ姉貴! 何を言わせるんだ!
「さゆりんはそういう対象じゃないよ。そりゃ、かわいいと思うけど」
「順応早ッ! もうさゆりんのこと、同性だと思ってるんだァ。このメモだと生前は⋯⋯」
「ちょっと待て、それはなんだ!?」
キヒヒヒ、と意地悪く姉は笑った。
天使と言うより、むしろ悪魔だわ。
「で、どうだったよ、貴ちゃんの反応♡」
「やらし~! そういうつもりでアレ履かせたのかよ!」
「他に何があるのよ!? キヒッ」
くぅう~。この即席の姉をどうにかしたい!
でも残念なことに性転換して転生したことの相談は、姉ちゃんにしかできないもんなぁ。
ひとりで悩むのも困る。
「ショートパンツとミニスカは好きじゃないみたい」
僕は何故か正座をして、怒られた子供みたいに下を向いてそう言った。多分、耳まで真っ赤。なんでだかわからんけど。
「そう来たか。ふむ。意外と束縛系? ストイックに見えるのに、人間て読めない生き物だな。忘れないうちにメモっとこ。実験は成功っと!」
「成功なの!?」
「大成功だよ。貴ちゃんがアンタを女の子として見てるってことがはっきりしたからね。そうじゃないとさぁ、バレちゃったら困るじゃん。ふとした時に思い出されたりしたらさ。わたしはそういうのも見張ってなきゃいけないわけ。あー、忙しい」
そう言いながら、姉ちゃんはまたくるっと向きを変えて、リンクと戦いを始めた。
「えいっ!」と言いつつ、身体も動いてるのはよくあるヤツ。天使も同じなんだなぁとアホなことを考えながら⋯⋯。
コンビニの前に立っていた、ニュートラルな貴史を思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます