白狐さんはゲームセンターに行きたい
「ところで、お名前はなんて言うの?」
やっとのことで落ち着いた母親は心菜に向けてそう聞く。
俺はそっと心菜に答えていいよという目配せをした。
「あ、私は心菜と言います……よろしくお願いします。」
そう言って心菜は母親に対してぺこりと一礼する。
「あらあら、そんなに畏まらなくてもいいのよ。さっきまで哲也の部屋に居たからわかると思うけど、その隣の部屋が空き部屋だから好きに使ってちょうだい。」
今は海外派遣の仕事でアメリカに行っている父親が使っていた部屋のことだろう。
心菜が登って行った後を俺もついて行こうとすると母親に呼び止められる。
「あの心菜ちゃんって子本当は友達じゃないでしょう?今年は転校生もいなかったし、学年用連絡名簿を見てもいなかったもの。」
即行でバレてしまったことに驚いたが、それよりもそんな中でも許可をしてくれた母親は何を考えているのだろうか。
「まぁ、でもあの子が何か訳アリなのも分かったわ。だって、哲也今までこんな感じのお願いしてきたこと無いじゃないの。」
確かにそうだった。
今まで似たようなことがあっても、家へ呼んで泊まらせてあげるなどと言うことはしたことが無かった。
「ありがとう、母さん。」
俺は母親にお礼を言ってから、二階の自分の部屋へと向かった。
「あれ、心菜居たのか。お前の部屋は隣だぞ……ていうか、何してるんだ?」
自分の部屋へ入ると心菜が部屋の中で一点をじーっと眺めており、返事が返ってこない。
「あ、哲也さん!すいません、ついこれが気になってしまって……。」
そう言って心菜が指さしたのは、俺の机の上に置いてあるロボットアニメのフィギュアだった。
「あー、これか。確かこれはゲーセンで取ったやつだ。」
そういうと心菜は目をキラキラさせながら俺にこうねだってきた。
「そのゲームセンターとかいうのに行ってみたいです……!こんなのがあるなんて興味しか湧かないです!」
心菜は俺のことをじっと見たまま目を離さない。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……?お小遣いがどんくらい余ってるか確認するから。」
俺は貯金箱の蓋を開けて確認をすると中からは百円玉が一枚だけ出てきたのみだった。
「やや!1円玉より大きなお金が出てきましたよ!これでそのゲームセンターとかいうのであの置物がもらえるのですか!?」
ゲームセンターのゲームの仕組みについて分かっていない心菜は、この百円玉一枚でフィギュアをゲットできると思っているようだが、それはあまりにも理想論すぎる。
「いいや、あの置物を手に入れるにはもう少し必要だ……多い時でざっとこれの100倍くらいかな。」
「ひゃひゃひゃ、100倍!?私と桃伽様が普段貰うお賽銭よりも多いですね……!」
心菜はやっとこのフィギュア一個を取るのにどれ位必要なのかを、大体理解してくれたようだ。
「で、ではどうすればこの少ないお金は増やせるのですか……?私がお賽銭をこっそり回収してくればいいですか?」
心菜が急に犯罪に手を染めようとしていたので俺はそれを制止した後で、1つの提案をする。
「俺がお小遣いを前借りするからそれで一緒に行くっていうのはどうだ?」
結局その方法しかないということになり、俺は一階にいる母親に交渉をしに行くことにした。
「母さん、1つだけ相談事があるんだ。」
そういうと夕飯の用意をしていた母親は一旦コンロの火を止めて、俺の方へと何かしらと言ってやってきた。
俺は心菜がゲームセンターに行きたがっていることを伝え、お小遣いを前借りできないかの交渉をした。
「なるほどねぇ……。でも、今時の哲也と同い年位の子がゲームセンターのことを知らないってことあるかしら……。」
心菜が白狐であることは自分しか知らない。
そのため、母親には心菜がただの女の子という風に見えているのだろう。
「そこに関しては私自ら説明をさせてください。」
いつの間にか階段を降りてきていた心菜が俺たちの方へとやってきて、母親に自分が白狐であることや事情を全て説明した。
「つまり、心菜ちゃんは人間の姿にさせられちゃった白狐様ってことでいいのかな……?」
心菜の説明を聞いた後も非科学的な内容が整理できていないようでしばらくは俺と心菜に対して質問攻めをしてきた。
30分ほど問答を繰り返した後でやっと母親は落ち着いたようで俺と心菜に対して両方に2000円ずつ渡してきた。
「おや!?私にも紙が渡されましたけどこれはなんですか?」
心菜は俺の部屋に戻った後で、渡された1000円札2枚を表裏両面じっと見ながら聞いてきた。
「そうだな……いつもお賽銭で5円入れてもらうだろ?あれの400倍の価値がある。」
「よ、400倍!?それがこの紙2枚なんですか!?」
心菜はびっくりしたのかしばらくその場で固まって動かなかった。
「おーい、心菜。早く行かないとゲームセンター閉まっちゃうぞ?」
そういうと心菜はものすごい勢いで立ち上がって俺の後をちゃんとある程度の距離を取ってついてきた。
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