(エピローグ)溺愛もほどほどに

「ルーチェ、いけないよ」


 クラウディオが叫びながら追いかけるが、幼いルーチェは言うことを聞かない。嫌だとごねて、草の上に寝転がった。綺麗に飾ったドレスも髪飾りも台無しだ。


「あーあ、やってしまったか」


 呆れたと呟くお兄様が駆け寄り、手を伸ばすルーチェを抱き上げる。銀に僅かな金を混ぜたようなプラチナブロンドを手櫛で整え、刺さった草を引き抜いていく。だが手に負えなくて、苦笑いしながら戻ってきた。くすくすと笑うサーラに渡され、すぐに手直しが始まる。


「ダメよ、ルーチェ。今日は寝転がらない約束でしょう?」


 綺麗なドレスのような服を選んだとき、約束したはずだ。しかしルーチェは忘れてしまったらしい。いつものワンピース感覚で、草の上を転げ回った。女王クラリーチェ陛下を迎えに行くから整えたのに、そう口にする母に幼子はぺこりと頭を下げる。


「ごめんなちゃい」


 叱られたら謝る。素晴らしい習慣だけれど、この子は意味を理解しているのか。謝れば許す周囲の影響で、ただ言葉を声に出すだけだ。そこに反省はなかった。悪いと思っていないのは明白だが、誰が叱るか……となれば、全員が目を逸らした。


 アリーチェは仕方なく、嫌われ役を買って出る。


「ルーチェ、本当に悪いことなのよ。理解できないなら、お出かけは中止します」


 息を呑んで泣きそうな顔をしたのは、ルーチェではなくクラウディオだった。家族皆で出掛けるのを一番楽しみにしていたのは、長男クラウディオだ。唇を尖らせて俯く姿は可哀想で、気づいたルーチェが釣られて泣きそうになる。


「にいちゃ、ごめんちゃい」


 兄が悲しんでいるのは自分のせいだ。ここでようやく理解したらしい。ルーチェはずずずっと音を立てて鼻を啜った。すぐさま侍女サーラが拭きとる。


「そんなに怒らんでも」


「そうだ。ルーチェはまだ幼いんだから」


 お祖父様とお父様の言葉に、アリーチェは二人へ振り返った。斜め後ろに立つ二人は大人と子どものような身長差がある。きっちり目を合わせて睨んだあと、ドレス姿のアリーチェが溜め息を吐いた。いい大人がびくりと肩を震わせる。


「お二人とも、甘やかしたルーチェが我が侭姫に育ってもいいのですか?」


「いや……その、すまん」


「悪かった」


 具体的な例は出さずとも、察してしまう。フェリノス王家の愚王と馬鹿王子が脳裏に浮かび、二人は謝罪を口にした。一般的な貴族家ならば許さるかもしれないが、フロレンティーノ公爵家は権力がある。そこの姫が我が侭を振りかざし、周囲を混乱させれば……未来のルーチェのためにならない。


「女王陛下も到着される。アリーチェ、険しい顔はやめよう」


 夫のとりなしで、アリーチェもいからせた肩の力を抜いた。ルーチェは抱っこする伯父カリストに笑顔を振り撒く。いつかお嫁さんになると口にしていた。一般的には父親のお嫁さんだろう、と笑ったのは数日前である。


「伯母様を待たせてしまうわ」


「急ごう」


 あれは待たされることに慣れていない。お祖父様の一言で、足を速める。公爵家の屋敷に続く道を豪華な馬車が走ってきた。見覚えのある紋章に手を振れば、手前で馬車が止まる。その陰から、騎乗した女王クラリーチェが現れた。


「久しぶりだ。おお、ルーチェも大きくなった。クラウディオ、おいで」


 忙しく子ども達を構う伯母に、アリーチェは屋敷へ入るよう勧めた。後ろをついてきたフェルナン卿が促し、クラウディオを抱き上げた女王は機嫌よく歩き出す。豪華な馬車を従え、一行は屋敷へと向かった。待ちかねた夏の休暇を楽しむために。






********************

 お付き合いありがとうございました。次のお話は書いたものの、メリバなので迷って消そうとした最終話です。本編121話の分岐バージョンなので、ハッピーエンドが好きな方は読まないことをお勧めします。

捨てるくらいならUPして、の声にお応えしての掲載ですので、くれぐれもご注意ください_( _*´ ꒳ `*)_

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