(元取巻令嬢)誰もいけないと言わなかったんだもの

 蛮族の血が混じった下賤の女が、公爵令嬢として幅を利かせている。しかも王太子殿下の婚約者の地位を金で買い、偉そうに奢り高ぶった態度でリベジェス公爵令嬢やトラーゴ伯爵令嬢を押しのけた。そう聞いて、すぐに信じた。


 家同士で取引のあるドゥラン侯爵令嬢が口にしたから。付き合いのない他国の血を引く公爵令嬢と、普段からお茶会などでご一緒するドゥラン侯爵令嬢ミレーラ様、どちらを信じるか。家同士の付き合いを優先するのが当然だ。たとえ相手の爵位が自分達より上であろうと。


 社交界は女性の戦場であり、隙を見せた方が負ける。爵位や美しさだけで頂点に立てないのは、誰もが知っている。王妃殿下や王女殿下であろうと、この国では異国出身の貴族女性に過ぎなかった。名家と呼ばれるのは、リベジェス公爵家やドゥラン侯爵家だ。


 フロレンティーノ公爵家は、先代に異国の血を入れたので扱いは落ちた。侯爵令嬢ミレーラからそう聞かされ、すっかり信じ込んだ。他に確認する相手がいるわけでもない。学院で一人授業を受けるアリーチェに、私は「調子に乗り過ぎなのよ、あんた」と乱暴な口を利いた。


 いつも一緒に行動するイニエスタ伯爵令嬢とレンドン子爵令嬢も、同じようにアリーチェを貶す。私だって由緒あるグリン侯爵家の娘だ。もし反発して口答えするなら、相応に言い返すつもりだった。だがアリーチェはちらりとこちらを見たきり、一切反応しなかった。


「なんて可愛げがないの。王太子殿下もこのような女が婚約者だなんて、迷惑でしょうね」


 言葉の暴力は知っている。傷つけるために、わざと嫌がりそうな言い方を選ぶ。それでも無視され、苛立ちが募った。止めに入ろうとしたアルベルダ伯爵令嬢へ、吐き捨てるように忠告する。


「あなた、この蛮族の女を庇うなら王家を敵に回すわよ」


 その言葉に初めて、アリーチェが反応した。美しい銀髪と鮮やかなピンクの瞳、その美貌は公爵家という高位貴族に相応しい。まるで人形のような彼女が、初めて咎めるような眼差しを向けた。ここがあなたを傷つける部分ね。友人だったかしら。


 アルベルダ伯爵令嬢とブエノ子爵令嬢。この二人を攻撃したことで、溝ができたらしい。顔を合わせても挨拶や会釈すらしなくなった。数少ない友人を失って嘆く姿を見せてほしいのに、平然と振舞うのが腹立たしい。私達はさらにエスカレートした。


 少しやり過ぎかもと思いつつ、王太子殿下やトラーゴ伯爵令嬢は容認している。ドゥラン侯爵令嬢はさらに攻撃するよう示唆してきた。恐れていたフロレンティーノ公爵家からの抗議もない。






 王家が倒れるなんて、誰が予想したか。少なくとも想像を口に出すことさえ不敬罪になる状況だ。それが目の前で起き、私は断罪されている。過去の振る舞い、言動、脅迫……そのすべてが返ってきた。両親や一族を巻き添えにして、貴族としての爵位を剥奪される。


 由緒正しいグリン侯爵家は、お父様の代で断絶となった。私のせいだ。弟が継ぐはずの家はなくなり、ご先祖様への面目も立たない。この家を盛り立てるはずの婚約も破棄された。屋敷もドレスも宝飾品も、すべてが没収となる。その上、今後は使用人すらいない生活が待っていた。


 あかぎれの指に息を吹きかけながら、洗濯を行う。今までしたことがない仕事に、自慢の細い指はあっという間に切れて血を流した。食器洗い、洗濯、床の掃除。一日中頑張って働いても、パンがひとつ買えるかどうか。


 大切にパンを抱えて帰った家では、家族に罵られ言い争いになる。優しかった父は血相を変えてパンを奪い、母がそれを横から毟り取る。怯える弟は痩せ細り、最近では髪も抜けてきた。


「全部、お前のせいだ。この疫病神が!!」


「やめてよ! お父さん達だって横領をしていたでしょ! 私のせいだけじゃないわ」


 薄い板がかろうじて視界を遮る程度の粗末な小屋は、外へ声が届いてしまう。それでもケンカをやめられなかった。隣の小屋でも似たような騒ぎが起きている。隣はレンドン元子爵家だったっけ……きっとイエニスタ元伯爵家も似たような状況だろう。


 頼れる友人もなく、学院時代の顔見知りは全員が手のひらを返した。必死で取り返したパンの欠片を口に押し込み、窒息しそうになりながら私は涙を拭う。あんなこと、しなければ良かったわ。

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