(元王太子2)こんなはずではなかった

 王宮に乗り込んできたと聞いて、逃げる算段をする。金目のものを集め……逃げ損ねた。


 断罪されても納得できない。俺はこの国の王になる唯一の存在だ。絶対に失われてはいけない王太子なのに、カリストに乱暴に取り押さえられた。抗議する声も無視され、ロベルディの女王の前へ跪かされる。


 ひどい屈辱だ。ありえない。女が王を名乗るなど、不遜にも程がある。その上、フェリノスに干渉し、この国を併合すると口にした。その隣で、冷たい目で俺を見下すのは、殺し損ねたあの女だった。婚約者の地位を金で買った、蛮族めが!


「ロベルディと組んで、国の簒奪を狙ったのか! 王家の恩を仇で返す、穢らわしい……むぐっ」


 公爵家の紋章を付けた騎士が、俺を押さえつける。息が詰まるほど強く押さえる騎士の目は、冷え切っていた。猿轡を噛まされ、荒く肩で呼吸した。この国に価値がないなどと、嘘が並べられる。敵に阿る元婚約者を罵るが、届かなかったらしい。


 母上達が顔を見せる。拘束されていない。ロベルディの公爵令嬢だった母は、新たな爵位を得た。跡取りもいると……そうだ、俺しかいない。何だかんだ言いつつ、母上は俺を愛していた。だから助けるために地位を得たのだ。


 俺を救う存在が現れた。ほっとした途端、体から力が抜けた。一時的に与えられた地位で我慢してやる。だが数年で逆転し、ロベルディを含めたフェリノスの王に返り咲く。想像だけで胸が高鳴った。


 というのに、フロレンティーノ公爵が細々と罪を並べ立てる。そんな些細な出来事をほじくり返し、俺を追い落とそうとするのか。






「やめろ、俺は王太子だぞ」


 カリストと言い争いをし、断罪された。後の遺恨を断つためと、生殖器を切られる。いつも心地よさを感じてきた体の一部が切り離され、激痛に苛まれる。王家の血筋が絶えてしまう。そんなことより、俺が欠損を抱えるなど……。


 一度で切り落とさず、残酷にも潰された。傷つけて長引かせる手法は、やたらと顔の整った騎士が慣れた手つきで片付ける。錆びた刃や潰す道具より、切れ味のいい最後のナイフに安堵を覚えた。これで終わりだ、と。


 牢で激痛に呻いた。さらに呼び出され、ヴェルディナと共に新たな罰を与えられる。今度は顔を焼く……? 美しい姿の妃を娶って血を繋ぎ、洗練された整った顔は王族の証だ。その顔が奪われる。それは激しい恐怖をもたらした。生殖器は脱がなければ知られない。だが顔は見える。


 隠せる場所ではないし、どのくらい焼かれるのか! がくがくと震えながら、広場に連行された。暴れて逃げようとするも、騎士達の力には敵わない。悲鳴をあげるヴェルディナも一緒だが、気にかける余裕はなかった。


 カリストは冷静に松明を受け取り、距離を詰める。騎士に押さえつけられた俺の前で、ヴェルディナが最初に焼かれた。赤茶の髪に縁取られた美しい顔は、じわじわと焦げていく。鼻をつく臭いに吐き気が込み上げた。


 水脹れが出来、破けて赤く肉が露出し、やがて黒く煤けて何かが噴き出す。愛らしい微笑みを浮かべていた顔は、恐ろしい形相に変化した。娘の仇と叫ぶあの男は何なのか。僅かも無事な部分を残さないと言わんばかりに、隙間なく焼かれたヴェルディナに面影はない。


 赤茶色の髪が、かろうじて彼女の面影と言える。同じ目に遭うのだ。そう気づいて暴れた。絶対に嫌だと騒ぎ、何発も殴られる。鼻血が顔を濡らし、涙がそれを薄めた。顔に熱が近づき、自慢の金髪がじりりと焦げる。悲鳴を上げたのと、熱を感じたのはどちらが早かったか。


 こんなはずじゃなかった。俺は王になる、唯一無二の存在で……。大切に保護され、守られて生きるべきなのに。


 何かがぷつんと切れた。そこからは言われるままに動くだけの人形だ。自我も希望も存在しない。男の証を失った醜い顔の化け物だった。大人しく採掘場で岩を掘り、石を運び、僅かの食料を得る。若い男は珍しいのか、襲おうとした者もいたが……顔を見て逃げ出した。


 ほぼ暗闇で過ごすうち、視力は弱くなった。久しぶりに外へ出て、空の青さと眩しさに悲鳴をあげる。這うようにして穴倉へ戻った。もう二度と、明るい日差しの下で生きることはない。これが俺への罰なのだ。


 今でも何が悪かったのか、どこで間違ったのか。自問自答する。結局答えは出ないまま終わるのだが……いつか、答えが出たら何かが変わる。そんな気がした。

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