114.全部吐き出して楽になる方法
数時間、目の上に冷たいタオルを当て横になった。それだけでかなり楽だ。頭の上でケンカする二人の声がなければ、だけれど。
「義父上様、アリーチェにこのような無茶をさせて!」
「乗馬を反対しなかったではないか」
「散歩と聞いていたからです! 早駆けをすると聞いていたら止めましたぞ」
「ふむ……やはり過保護が原因じゃな」
何やら話が違う方向へ? 額から目の上に掛けられたタオルの間からそっと覗く。見た目は大柄なお父様が、背の低いお祖父様に食って掛かった状態だった。けれど、お祖父様が一歩踏み出すと光景が変わる。小柄なお祖父様が数倍になったような錯覚と、お父様が小刻みに震えて一歩下がった。
威圧とか殺気って、こんな感じかしら。直接向けられたわけじゃないのに、私までピリリと身が引き締まった。ごくりと喉を鳴らしたお父様へ、お祖父様は厳しい目を向ける。
「乗馬中に小動物が飛び出すのはよくあることだ。避けられないなら一人で乗るべきではない。何より、服や靴が整わないと断ることも出来た。だがアリーはわしに従い、無茶を承知で散歩に同行した。原因はなんだ? 記憶のないアリーへお前達が常に干渉するからだ」
厳しい言葉だけれど、確かにその通りだ。私の耳にも痛い言葉が並んだ。
「以前は放置したくせに、急に過保護になる。だがアリー自身は以前の記憶がない。違和感を覚えても、お前達に従ってきた。それがアリーを追い詰めるのじゃ」
違和感は何度もあった。お父様達の夜会の話にも、その後の対応にも。私が婚約から逃げたいと望んでも大声をあげ拒んだ父、お兄様が婚約者の第一候補だったと言いながら王家との婚約を用意し、婚約破棄後も他国に嫁ぎ先を探した。それぞれに理由があったとしても、おかしいと感じてしまう。
記憶がないせいだ。取り戻せば辻褄は合うはず、そう思っていた。そうじゃないと祖父は父を叱る。まだ乗馬は無理だと思いながら連れ出したのは、これが理由なの? だったら!
「お祖父様も同じよ」
「アリー」
身を起こした私の額から、やや温いタオルが落ちた。それを拾って投げつける。
「記憶を取り戻すべきだとか、そうじゃないとか。決めつけて勝手に話を進めてばかり。私の意見を聞いて叶えてくれたのは、伯母様だけ」
興奮して叫んだ頬に涙が滑る。友人も父も兄も……貴族派の人達だって。私が求められた役は、殺され損ねた可哀想なお姫様だった。千切れた左側の髪を、お父様達は気付いているの? 髪型で誤魔化しても、違和感はあるはず。一度だって「これはどうした」と尋ねてくれた?
お祖父様が到着した時に口にするまで、気づかなかったくせに。また涙が落ちる。自分でも気づいていた。これは八つ当たりでヒステリーだ。それでも止まらなかった。
驚いた顔のお父様は拳を握り締め俯いた。お祖父様は顔を上げ、私をじっと見つめる。睨みつける私へにやりと悪い顔で笑った。
「それでよい。全部吐き出して、改めて親子関係を築け。以前の関係など捨ててしまえ」
記憶を取り戻して元に戻らなくては、と焦る気持ちが解けていく。全部を思い出したら、また苦しむのかと怯える私を知るように、お祖父様は自分で選べと突き放した。乱暴な方法なのに、心の軋みが楽になった気がする。これが年の功? いいえ、お祖父様が人より意地悪なだけね。もっと穏やかな方法もあったでしょうに。
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