108.過ちを認めることから始める

 私はロベルディの王族に繋がる血を持つ公爵令嬢。その立場は、準王族として扱われるほど高まった。先王である祖父も、現女王の伯母も私を可愛がる。宗主国となったロベルディ国の意向は、元フェリノスが持つ意見を簡単にねじ伏せる。


 上下関係が明白な現状、私に何か起きれば……いえ、私が騒ぎに巻き込まれるだけで、誰かが責任を問われる可能性があった。主君と配下の関係だと言われれば、それまでのこと。でも今回のように私の勘違いだったら? 無実の人が裁かれることだってあり得る。


 誰かに害されたなんて、簡単に口にできないのが上位者だった。ぎゅっと手を握り、俯く。責任の重さと思いがけず与えられた権力に、その手が震えた。直接血を浴びなくても、誰かを殺す可能性が存在することが怖い。


「アリーチェ、そなたは聡い。その恐怖を我々は常に抱いて、隣に置いて生きてきた。王家に嫁ぐ王太子妃に望まれたなら、分かるであろう?」


 クラリーチェ様は、わざと対象をぼかす。曖昧に示された道は、私の目にくっきりと見えていた。王族になれと強要する気はなくとも、周囲はそう扱う。ならば相応しくあればいい。間違いは誰でも犯すが、それを正すのもまた……自分自身だった。


「サーラ」


 名を呼んで待つ。おずおずと彼女が顔を上げた。私より一回り近く年上で、落ち着いた人。気が利いて、優しく、侍女らしく一歩引いた振る舞いも見事だった。誰かに劣等感を抱き、憧れに手を伸ばして嘘を吐いたなんて、今でも信じられない。


 でも罪は罪、罰は必要だ。私は公爵令嬢であり、専属侍女であるサーラを裁く権利を持つのだから。握りすぎて冷えた指先を、兄カリストが解いた。温かくて硬い指先が、丁寧に私の指を緩めていく。ふわりと表情が和らいだ。


「私もあなたを疑ったわ。それは申し訳ないと思う。でも嘘はダメよ。罰として……そうね、十日ほど修道院へ行きなさい」


 それは解雇のように聞こえただろう。絶望がサーラの顔に広がる。このくらいの意地悪は許してちょうだい。


「反省したら戻るの。私の専属侍女がいつまでも修道院にいるのは、困るから。あまり待たせないでね」


 張り詰めた雰囲気が解けていく。よく決断したと微笑むクラリーチェ様、後ろで満面の笑みを向けるフェルナン卿。お祖父様は拳を握って「さすがわしの孫娘」と声を漏らし、お父様は安堵の表情を浮かべた。手を握るお兄様は、その手に頬を寄せる。


「……っ、ですが」


「返事ははい、だけよ」


 他の答えは認めない。傲慢に言い切り、口元を緩めた。これでいい。私の専属侍女はサーラだ。お母様の侍女だった姉のような人に会って、気持ちを入れ替えて戻るの。サーラの憧れた関係は、もう手の届く距離にある。あなたが掴むだけだった。


 私は手を差し伸べた。サーラ、この手を取りなさい。私は己の過ちを認め、心の傷に立ち向かう決意をした。その隣で支える役に、サーラを指名する。嘘で騙した主人に仕え続けることが、サーラへの罰だ。


「ありがと、ぅございます! 一生を懸けてこのご恩に報います。必ず、必ず戻ります」


 返事は「はい」だけって言ったのに、もう! 泣いたらどうするの。ツンとした鼻の奥を刺激する感情に気づかないフリをして、私は忙しなく瞬いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る