98.ドゥラン侯爵家の崩壊と妻子の罪

 ドゥラン侯爵夫人は、逃亡しようとして王都の外で捕縛された。彼女の父母も一緒だった。逃げた方角はアンドルリーク方面だ。祖国へ逃げ込もうとしたのなら、どこかに伝手があるのだろう。


 置いていかれた侯爵は、妻子の暴挙に愕然とした。国王派である彼は、貴族派と対立する立場だ。しかし比較的穏やかな男性だった。少なくとも、お父様はそう認識している。文官として国を支える仕事を行い、その功績は認められていた。現状維持を望むが故に、国王派に所属した人だ。


 我が子の行った暴力や脅迫に驚き、家族を見捨てて逃げた妻とその父母に嫌悪を示した。家計を預かる妻として、領地に使うべき資金まで手をつける。その所業に呆れて、権限を取り上げたばかりだ。その状態で、金品を持って父母と逃げ出す。夫はもちろん我が子も見捨てて。


 侯爵には理解できなかった。家の名を使っての脅迫はまったく関係なく、横領も今回の騒動が起きて知った。妻にとって、夫は一生他人なのだと認識させられ、離縁を選ぶ。その決断が、侯爵夫人の未来を決定した。平民として裁かれることになったのだ。


 アンドルリーク国で貴族として認められるのは、生まれた時に貴族であった者のみ。侯爵夫人の父母は該当するが、彼女自身は改革後の生まれであるため適用外だった。一緒に逃げた理由の一因が、ここにありそうだ。貴族の肩書きを利用されたと知り、侯爵は言葉がなかった。


 フェリノス国内ならば、ドゥラン侯爵夫人でいられた。しかし夫に離縁された以上、ただの平民に過ぎない。アンドルリークの貴族爵位を持つ父母は、別に裁かれる。隣国との関係もあるため、扱いが難しかった。


「私はドゥラン侯爵夫人よ」


「いや、平民の女に過ぎぬ」


 叫んだ夫人に、お祖父様は厳しく現実を突きつけた。逃げ場はないと示すため、騎士達も平民として扱う。縛り上げ、冷たい床に転がし、体重をかけて押さえつけた。国家転覆を試みた大罪人でも、貴族ならば扱いは変わる。平民になった以上、極刑以外の判断はなかった。


「首を落とせ」


 命じるお祖父様に一礼し、泣き叫ぶ元侯爵夫人が引き摺られていく。外の処刑場は、お兄様がいるはずだった。気になるが、わざわざ処刑を見たいと思えない。


「次はドゥランの小倅と小娘か」


 お祖父様の言葉遣いは独特だ。貴族らしからぬ単語や古い言い回しが多かった。連れてこられた二人は、母親に似た焦茶の髪をしている。キツイ目元や鼻筋は、父親似だ。ドゥラン侯爵にそっくりだった。


 前回のカサンドラの失敗を教訓に、すでに二人は拘束されている。両手首を後ろへ回し、腕ごと体を縛っていた。歩かせるため両足はそのままだが、口は猿轡を噛ませる。父親だったドゥラン侯爵は、我が子をまだ勘当していなかった。そのため貴族として扱われる。


「罪状を読み上げろ」


 クラリーチェ様の指示で、謁見の間にフェルナン卿の声が響く。アルベルダ伯爵令嬢を含む複数の貴族への脅迫、私への暴行、手紙による毒殺未遂、国家転覆を目論む罪状……付属する様々な罪も、すべて公開された。


「……なんということだ」


 愕然とした様子のドゥラン侯爵は、何も知らなかった様子だ。お父様も、彼は何も知らないだろうと口にした。その理由が、ほとんどの時間を執務室で過ごしていたこと。あの頃、私や兄に構うことなく仕事に没頭した父と同様、補佐で泊まり込むことが多かった。


 お父様が私に起きた事件に気づかなかったように、ドゥラン侯爵も我が子の暴挙を知らない。震えながら、侯爵は床に膝を突いた。そのまま深く頭を下げ、床に擦り付けた後……動かない。それは謝罪というより、絶望に打ちひしがれたように見えた。

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