93.自然災害のようなお祖父様
「ロベルディ国、先代王陛下の御前である」
フェルナン卿が声を張り上げ、貴族達は一斉に頭を下げた。お父様も礼の姿勢をとった為、私もカーテシーを行う。何度も体に叩き込まれた跪礼は、ぴたりと決まった。
「よい、堅苦しい挨拶は不要だ! 可愛い孫の顔を見せてくれ」
豪快に挨拶を終わらせ、大声を上げる。各国の戦場を荒らし、自らも最前線で戦ってきた征服王。その異名から、お父様のような大柄な男性をイメージしていた。だが、目の前の階段を駆け上がったのは、小柄で横幅もない。身長も私と同じくらいだ。
ヒールを履いた分だけ高い私の視線を受け止め、お祖父様はにやりと笑った。
「やはり、わしより大きくなったか! 八年ぶりだな、アリーチェ」
「はい、お祖父様」
記憶がないので初対面に近いことは、この場で公開すべきでない。貴族がいない場で話す方がいいと判断した。微笑んで挨拶すると、残念そうに溜め息を吐かれた。
「じぃじと呼べ。でなければ、返事はせぬ」
「……父上、いい加減になさい」
娘であり現女王であるクラリーチェ様に叱られ、眉を寄せて睨む。身長差があって、見上げる形になった祖父は舌打ちした。王族らしからぬ振る舞いの多い方だ。
「わしを置いて行ったくせに、随分と偉そうではないか」
「実際に偉いのだから、当然だ。アリーチェが困っている。それと護衛は……」
後ろに付き従う護衛も側近も見当たらない。それを指摘するクラリーチェ様は「またか」と肩を落とした。
「全員脱落したぞ、若い者が情けない」
全力で振り切ってしまったらしい。事情を察して、くすっと笑った。想像したらおかしい。先頭を走るお祖父様はもちろん、追いかける側近や護衛が主君を見失うなんて。どんな走り方をしたのかしら。
お祖父様の言葉通りなら、護衛は若い人をつけたようだ。振り切られた彼らの気持ちを考えると、気の毒になってくる。ロベルディ王家の血は強く勇ましい。辛抱強いお父様の血を強く継いだ私だけれど、今後は伯母様のように生きたい。
「酷い目に遭ったと聞いた。わしの可愛いアリーを傷つけた者をここへ!」
「すでに裁いたゆえ」
クラリーチェ様は冷たい声で「終わった」と言い切る。しかしお祖父様は納得しなかった。
「お前の裁きはいつも甘い。この際だ、罰を追加するぞ」
「先王陛下、法に反しますのでお引きください」
フェルナン卿が口を挟む。クラリーチェ様が声を張り上げようと深く息を吸ったタイミングで、お祖父様への反論を笑顔で突きつけた。ムッとした顔になったものの、お祖父様はもごもごと口の中で文句を呑み込む。
フェルナン卿って、伯母様の護衛騎士なだけではないの? 公爵家の三男だと聞いたけれど、それでは理由がつかない。先代王に直接意見できる立場……。首を傾げて考える私はお父様を見上げた。
「後でな」
そうね。私もお祖父様に話さなくてはいけないことがあるし、場所を変えましょう。罪人はすべて捕えられ、相応の罰を受けている。残った罰もあるけれど、それは今後の話だった。
「お祖父様、喉が渇きました。エスコートしてくださいな」
「じぃじ……」
ぼそっと呼び方を指摘されたので、笑顔で目を細める。びくりとした後、お祖父様は優雅な所作で一礼して私の手を受けた。さりげなく唇を寄せ、触れる手前で離す。作法として完璧だった。
「美しいレディのエスコート役に選ばれるとは、光栄だ」
伯母様はフェルナン卿がエスコートするみたい。貴族達が会釈で見送る中、血生臭い広間を後にした。
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