85.当主として正しく、親として間違った

「急ぎましょう」


「ああ、しかし戦斧の鬼と呼ばれたフェルナンディ公爵を退けるとは……」


 お祖父様はかなりお怒りのようです。伯母様の焦る姿に、周囲も青ざめた。奇妙な二つ名を持つのは、ロベルディの風習かしら。異名からすると、フェルナンディ公爵は斧を振り回す剛腕のイメージだ。その公爵を退けて突進するお祖父様に想像が追いつかない。


「父では先王陛下のお相手は無理かと」


「世代交代という単語は、父上に適用されないようだな」


 フェルナン卿の溜め息に、伯母様が同意する。書類仕事が嫌いなので譲位したが、戦いの最前線は退かない。どころか、戦場で死ぬと明言しているとか。


「フェルナンディ公爵閣下は、フェルナン卿のお父様なのですか?」


 ふと気になって尋ねた。さきほど、父と表現していたフェルナン卿は穏やかに肯定した。



「ええ、私は公爵家の三男ですから。家を出るため騎士になりました」


 なるほど、よくある話だ。貴族家は基本、長男が嫡男となり継承する。ロベルディの場合は、嫡子が女であっても継承可能だ。他にも爵位を持っている家なら、分家の形で次男などに領地や財産を振り分ける。継ぐ家のない兄弟姉妹は、騎士や侍女の職を得て独立した。


 長男が跡を継ぎ、次男は別の爵位を譲り受けた可能性がある。三男であるフェルナン卿が独立したのは、当然だろう。武勇を誇る父を尊敬した結果か。フェルナン卿は、家名の一部を使う。そこに家族仲の良さが窺えた。


 元国王オレガリオは、すでにロベルディへ向けて出発させたらしい。途中でお祖父様と遭遇すれば、時間稼ぎになるかもしれない。伯母様はそう言って肩を落とした。


「時間をかけ過ぎたか。残りは速やかに処理する。急げ」


 リベジェス公爵家は、カサンドラを庇う気はないと宣言した。家を出た時点で、娘は五歳の公女一人だと言い切る。砂漠の国のお尋ね者であるカサンドラは、遡って平民扱いになった。貴族と平民では、同じ罪でも罰の重さが違う。


 厳罰に処されると知りつつ、長女を切り捨てた公爵にお父様は複雑な心境を吐露した。


「家を守るなら正しい決断だが、親としては失格だ」


「カサンドラが愚かな言動をしたとしても、そんな娘に育てたのは両親であろうに」


 クラリーチェ様も眉根を寄せる。気に入らないと声に滲んでいた。扇を手の中で半分ほど開き、ぱちんと閉じる。


「だが、同情しても量刑は変わらん。それが統治者というものだ」


 親に切り捨てられた子の心境は察して余りある。それでも罰は罰、罪の重さと身分に比例して決まった処刑を行う。話しながら歩く私達の前に、大扉が現れる。謁見の間として使われてきた広間は、いま、断罪の間になっていた。


 美しかった赤い絨毯は汚れ、シミが出来ている。血や汗、涙……様々な物を吸い込んだ絨毯の上に、令嬢達は連れてこられた。両手を前で拘束し、その縄を腰に巻き付けてある。後ろから縄を掴んで立つ騎士は、さっと膝を突いた。


「カサンドラ、それからトラーゴ伯爵令嬢だったな」


「私は公爵令嬢よ! 誇り高きリベジェスの娘……」


「そなたの両親から縁切りの申し出があり、受理された。故にただのカサンドラであり、そなたに貴族籍はない」


 カサンドラの言葉を遮ったクラリーチェ様の声はよく響いた。そして……続いたカサンドラの悲鳴も。

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