61.誰も王位に就かぬなら吸収しよう

 促されるままに、私とお父様は補足し合いながら説明を続けた。


 王太子は浮気していた。それも複数の令嬢と、だ。その中には、砂漠の国へ嫁いだリベジェス公爵家の元令嬢カサンドラもいたこと。彼女に王太子がティアラを贈った話で、伯母様は手にした扇をぺきりと折った。


 気持ちは理解できますわ。私だって、家族にそんな対応されたら怒ります。謝罪を装ってドゥラン侯爵家から届いた、手紙の毒の件にはお兄様がぎりりと奥歯を噛み締めた。割れてしまうから、おやめになって。


 ここからは離宮に移動しての話になる。隠し通路を使って私の部屋に、意味ありげな赤い百合が置かれた。そう告げた途端、伯母様は眉を寄せる。心当たりがあるのかしら。そういえば、お父様も同じように厳しい顔をなさっていた。


「伯母様、赤い百合の意味を教えてください」


「……マウリシオは説明しなかったのか。嫌な役を回しおって」


 お父様を睨んで、女王らしからぬ表情を見せる。痛みを耐えるような……どこか悲しそうな顔に思えた。だから、もういいと遮ろうとしたのだ。それより早く伯母様は右手を挙げて私を制した。


「よい。赤い百合は……我が末妹アリッシアの紋章だ」


「お母様、の?」


「赤い瞳はこの国で不吉扱いらしいが、我がロベルディでは炎や命の象徴だ。私の色も赤紫だろう?」


「はい」


 綺麗な透き通った赤紫は、お母様の肖像画のイメージに近い。ロベルディの王族は、赤に近い色の瞳を持って生まれる。それは国の象徴であり、誇りでもあった。それを貶したフェリノス国の現国王は、ロベルディの民に憎まれている。


「お待ちください。あの話は民に広まっているのですか?」


 お父様が慌てて口を挟む。一目惚れしたお父様が無理を言って婚約者変更した、そう取り繕ったと私も聞いている。それを伯母様は笑い飛ばした。


「なぜ我らが、弱小国の面子を保ってやらねばならぬのだ。即日バラしてやった! 国中、どこへ行っても知らぬ者はないだろう。今回の騒動も同じよ」


 王族として秘するべき情報は呑み込む。だが王家は赤い瞳を恥じていない。これは民も同様だった。故に国の象徴である赤を貶した隣国の話は、あっという間に広まってしまう。


 唯一幸いなのが、フロレンティーノ公爵家が、アリッシア王女を救ったと伝わっている点だった。加えて、今回の婚約破棄や暗殺未遂も国内に広まり、私に対する同情が街を賑わしている、なんて。


「婚約破棄、毒殺未遂、どちらもロベルディへの宣戦布告に等しい」


 伯母様はにやりと笑った。綺麗なお顔なので、余計に怖い。実際に権力や軍事力も持っているので、さらに恐ろしく感じた。


「他に何かあったか? 百合で終わりか」


「いいえ」


 ここで口を濁す気はない。この国の国王と王太子、その一派がどうなろうと……淑女の笑みを絶やさず見ていることが出来る。これは彼らへの当然の報いなのだ。


 お父様のお部屋を借りたら、暗殺されそうになったこと。どうやら父が狙われている話に続けて、この離宮を襲った近衛兵のこともすべて話した。


「マウリシオは王になりたくない。カリストやアリーチェも同じか?」


 口を揃えて同意すれば、伯母様はぽんと手を叩いた。膝に放り出した扇が転げ落ちる。それを踏んで立ち上がり、伯母様はロベルディの女王の仮面を被った。


「ならば、この国は我がロベルディに吸収しよう。なに……貴族階級をそのまま維持し、領地も安泰とする。我が義弟と甥や姪の敵でなければ、な」


 きょとんとした後、噛み締めて理解する。誰も王位に就きたくない国を属領として統治してもらう。悪くないかもしれないわ。

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