54.日記に残された証拠と、涙の跡

 お勧めの小説を何冊か教えてもらい、お茶会はお開きとなった。客間を出る私を、待っていたお兄様がエスコートする。


「王妃殿下方の情報から、この部屋なら安全だと判断した。続き部屋に父上と僕が入る」


 お父様とお兄様は同室になるのね。緊急時に駆け込めるよう、続き扉のある部屋が選ばれた。当然だわ、すでに侵入されたんだもの。私やサーラが殺されなかったのは、運が良かっただけ。そう気づいて、ぞっとした。


 毒殺未遂を犯した王太子の側近と、今回の黒幕が同じか分からない。味方は着々と増えているけれど、中には敵も交じっているでしょう。考えるほど泥沼に嵌る気がした。


 これこそ、敵の思う壺だわ。疑心暗鬼になるより、顔を上げて堂々としていよう。私は被害者であり、断罪の権利を持つ公爵令嬢なのだから。


「お兄様はこれから何を?」


「剣術の稽古だな。リチェを守りたいからね」


 各家から連れてきた騎士達は、交代制で腕を磨いている。その訓練に顔を出すという。学院は、現在閉鎖されているらしい。王族と貴族の騒動が、学院内に飛び火するのを恐れたのだろう。遺恨を残すトラブルに発展する可能性もあった。


 通っていた子女は、各家に戻っている。この離宮に親と一緒に避難した子も、数多くいるでしょう。


「交流がどうのと心配しなくていい。リチェが参加するお茶会や集まりには、父上か僕が同伴するから。気にせず過ごしてくれ」


 しばらく予定はない。そう言い切った兄に頷き、私は新しい部屋を見まわした。使う予定はなかったのか、家具や壁紙を新調した様子はない。けれど、落ち着く色合いだった。


 目に優しいオフホワイトの壁に、家具は落ち着いた赤茶色。絨毯も複数の色を使っているが、全体の印象は暗い赤だった。お茶会の間に、ドレスや荷物が運び込まれている。


「サーラ、しばらく読書をするわ」


 日記を読み進めていこう。離宮に来てから、予想外の事態で忙しくなった。だからこそ、時間を見つけて目を通そうと思う。ここに書かれた事実は、少なくとも改竄されていないから。過去の私が感じて記した記録だ。


 日記を取り出し、トランクは足元に置いた。ソファの足元に立てて置き、足で支えるように押さえる。確認して、サーラは一礼した。荷物の点検と片付けを始める彼女から、手元の日記に目を落とす。


 先日読んだ場所に挟んだ栞を抜き、頁を捲った。学院で王太子の恋人について噂を聞いたこと、その女性が複数いること。また持ち物が無くなった件やひどい言葉を投げつけられたことなど。


 読むにつれて気分が悪くなる。眉根を寄せて、顔を顰めた。私の地位は公爵令嬢だ。当然、貴族子女の中では上から数える方が早い。にもかかわらず、下位である侯爵令息や伯爵令息に暴言を吐かれたなんて。


 王太子の側近という立場があっても、生まれ持った地位は揺るがない。私の地位が剥奪されたわけでもないのに、王太子の威光を笠に着て好き勝手したのね。これは断罪の証拠になるわ。頁の角を内側へ折った。


 噂話をさも本当の出来事のように吹聴する。そんな貴族子女に囲まれ、私はきっと感覚が麻痺していたのだわ。面倒だから黙ってやり過ごそう。そんな本音が透けていた。今の私なら、蹴散らしてしまうでしょうけれど。


 何ヶ月も孤独の中で俯き、やり過ごすことだけを覚えてしまったとしたら? 歪んだ紙は涙の跡だろう。乾いた凹凸の痕跡を、そっと指でなぞった。安心して、昔の私。必ず報いを受けさせるわ。

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