48.暗い寝室に現れた侵入者
父と兄が、左隣の部屋に引き上げるのを見送る。開けてもらった右側の部屋に私は移動した。侵入経路の特定や犯人捜しは明日以降になるだろう。サーラを振り返り、彼女に同行してもらって良かったと安堵の息を吐く。もし部屋に残して食事をしていたら、留守だと思って侵入した犯人に彼女が害されたかもしれない。
サーラは手首に鎖でトランクを固定していた。緩めにしているが、移動中はこの状態を保つという。ひったくられる心配をしているのね。とても助かるけれど、それで彼女がケガをするのは嫌だった。だから本当に危険な場面では渡してもいいと許可を出す。
「ですが」
「私にとって、過去の日記は大切な手掛かりよ。でもそれ以上にあなたが心配なの。分かって頂戴」
雇い主としての我が侭よ。叶えて頂戴と言い切った。命じてもいいのだけれど、彼女は気に病みそうだから。
私が使う予定だった部屋は閉ざされ、階下の庭も巡回や見張りが入った。お父様にあてがわれた部屋は、全体に色が落ち着いている。ダークカラーと表現すればいいのかしら。重厚感があった。
家具は触らず、整えられたベッドに座る。サーラを手招きし、一緒に腰掛けた。
「赤い百合って何か意味があるのかしら」
誰かを示しているとか、暗喩があるとか。花言葉の可能性もあるかも。首を傾げる私に、サーラも同じように考え込んだ。思い浮かばないので、特に意味はないのだろう。
部屋の風呂に入り、自室から持ち出したブラシで髪を梳かす。着替えた私の隣で、お風呂も同行したサーラがお水を用意した。一口飲んで確かめ、私に差し出す。
「ありがとう」
そこまで心配しなくても……なんて口にできない。一度は毒殺されかけたんだもの。用心はいくらしても足りなかった。
この離宮に留まる間は、サーラと一緒に眠る。隣に誰かがいるベッドは覚えがなかった。幼い頃は乳母が付き添ったと思うけれど、さすがに並んで寝たりしないはず。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
何かあれば私が守ります。そう言ったサーラに、私は微笑んで「おやすみなさい」と返した。眠る際も手首から外さない鎖の先に、トランクが繋がっている。広いベッドなのに、私とサーラは寄り添いあって目を閉じた。
どのくらい経ったのだろう。いきなり目が覚めた。部屋はまだ暗い。ぱちりと見開いた目に、人影が映る。サーラ? そう思ったが、彼女は横になっていた。ならば、立っている人影は誰?
指先が震え、血の気が引いていく。怖い、けれど黙っている場面ではないわ。大きく息を吐いて吸い込み、その勢いで叫んだ。
「きゃあああぁぁぁああ! げほ……っ、誰、か!」
けほっ、途中で咳き込んでしまう。ノックの音に「ぶち破れ、許す」とお父様の叫び声が重なる。やや距離が遠い許可を受けて、騎士が体当たりをした。サーラが飛び起きたことで、人影は窓へ向かう。
カーテンが揺れた。そのまま人影を見送る。
「お嬢様っ! 今の人影は……何もされておりませんか」
「え、ええ」
ぬるい水が入ったコップに口をつけ、咳き込んだ。まだ喉が痛いわ。
「毒かもしれん! すぐに調べろ。飛び降りたのか? 違う……どこへ消えた!」
駆け込んだお父様は、手に棒を持っていた。剣ではない。部屋にあった何かだろう。それを振り回して指示を出した。お兄様はきちんと剣を持っていたが、すぐにお父様に取られてしまった。代わりに棒を渡されて、溜め息を吐いている。
「無事か? リチェ」
「はい、お兄様……お父様も」
「ああ、アリーチェ。部屋のソファで俺が眠ればよかったか」
部屋の窓際を調べた騎士は、犯人の逃走ルートを解明できず。夜明けまで、お父様やお兄様と一緒の部屋で過ごした。
こんなあからさまに仕掛ける愚かさに、得体の知れない恐怖を感じる。私は上着の上から毛布をしっかり巻いて、震えながら夜明けを待った。
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