47.赤い百合が意味するのは脅迫か

 戻った父に兄の合流を伝えた。どうだった? と印象を尋ねるお父様は、どこか楽しそう。いいとも悪いとも答えず、曖昧に誤魔化した。


 少なくとも、敵だと思っていた時期は過ぎた。今は敵か味方かわからない位置にいる。何かを隠しているため、私に対して不自然な対応なのだと言われたら、納得できてしまう。そんな立ち位置だった。


 家族三人で食事を摂る。各貴族家はそれぞれに過ごすらしい。全員で一緒に集まることは危険を呼び寄せるため、行う予定はなかった。もし集まるとしたら、王族との会合くらいだろう。


 ゆっくり食べ終えた後、用意された珈琲にミルクを入れる。甘くする気分ではない。ミルクで軽くした苦味を楽しみながら、二口飲んでカップを置いた。


「カリスト」


 促すように呼ぶ父に、兄はカップを手にしたまま話し始めた。視線はカップに注いだまま、小さな口の動きで伝える。


「王太子と側近がいない学院は静かです。僕が確認した限り、用意できそうな証人は片手ほど。残りは証言させると危険です」


「承知した」


 騒動を起こしていた高位貴族がこぞって姿を消せば、静かなのはわかる。その中で証人を探していたの? 王族や側近がいなければ、学院の最高位は、筆頭公爵家フロレンティーノの跡取りになる。何か用事があって学院に戻ったのね。


 お父様と目を合わせて話さない理由は何かしら。気になったけれど、私に必要なことならばいずれ教えてもらえる。そう確信があった。だから無理に聞くことはせず、珈琲をもう一口含む。じわりと広がる苦味とわずかな酸味、ミルクの香り……楽しんでから喉へ流した。


「アリーチェは変わりないか?」


「はい、お父様の方は何か進展がありましたか」


「今日は横領の尻尾を捕まえたくらいだな。切り落として逃げようとしても遅い。頭まで食らいついてやる」


 ぱちくりと瞬きして、トカゲみたいに仰るのねと口元を緩めた。人として扱う価値なしと判断したよう。実際、給与が支払われなかったならともかく、きちんと収入があるのに横領するなんて。役人でも貴族でも、恥を知るなら手を出さない。


 恥を知らないなら人ではない。お父様の言い方が面白くて、ふふっと笑った。


「どうだ、俺の方が先に笑わせたぞ」


「父上はずっと一緒にいたのですから、有利だったはず。勝負になりません」


 言い争う父と兄がまた面白くて、表情は緩みっぱなしだった。明日頬が痛くないといいけれど。変な心配をしながら、部屋に引き上げる。


「お待ちください……」


 入り口でサーラが止める。護衛の騎士に目配せし、彼らが先に開いた。部屋に誰もいないことを確認した騎士が敬礼し、私はそれに会釈を返す。


 ひらりと奥のカーテンが揺れた。そう、窓なんて開けていないのに。誰かが侵入したのか、それとも脅そうとしただけか。


「リチェ、どうした……っ、父上を呼べ」


 後ろを通って左隣の部屋に戻ろうとした兄が、室内を一瞥してすぐに騎士に命じた。お兄様も気づいたのね。カーテンが揺れる窓だけでなく、ベッドの上に赤い百合が置かれていた。香りが強いから、滅多に部屋に飾られない花だ。


 駆けつけた父は百合を見るなり、ずかずかと部屋に入って百合を掴もうとした。それを兄が止める。結局、呼ばれた侍従が片付けた。サーラがベッドメイクを終え、ベッドの下やクローゼットの中まで調べた部屋を見回す。


 気味が悪いわ。眉を寄せた私に、お父様が思わぬ提案をした。


「今夜は俺の部屋で眠れ。気になって休めないだろう」


 その場合、お父様はどこで休むのかしら。

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