31.思いもしなかった過去の事実

※作中に虫が出てきます。苦手な方はご注意ください。


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 私が文字に違和感を覚えたのは、最初に日記を書いた日だ。装飾過多で読みづらいと感じた。そのため、現在は装飾を減らして文字を記している。


 日記帳の文字は、驚くほどシンプルだった。美しい形の文字が、淡々と並ぶ。くるりと文字の一部を巻いたり、飾りを付けたりした場所は見当たらなかった。教科書の手本のような文章を読み進める。


 ――学院の皆が私を悪女扱いすることを嘆く文面、王太子が火をつけた噂は側近に煽られて広がった。まるで他人事のように書かれた頁の最後に、震える字が一行だけ。


 いっそ、死んでしまいたい。


 どきりとした。迷って、前の日を捲る。父に相談した日だったようで、その話が書かれていた。必死で、勇気を振り絞ったのに一喝される。その恐怖と、誰も助けてくれないと嘆く文章が続く。


 さらに一日遡った。頁の終わりまで読んだ私は、思わず日記を手で払いのけた。落ちた日記を父が拾い、そっと机に置く。肩で息をしながら日記を睨み、きゅっと唇を噛んだ。


「いいか?」


 読んでも構わないかと確認する父に頷く。父に話した前日を探し当て、目を通したお父様は「なんということだ」と呟いた。ここでようやく、サーラの用意したお茶に気づく。


「ありがとう、サーラ」


 ぎこちなく笑みを作り、口をつけた。ややぬるい。私達は日記に夢中になっていたらしい。一日の授業範囲や活動内容も記しているため、びっしりと小さな字が並んだ。几帳面な性格だったのね。過去の自分を、冷静にそう判断した。


 すぐに違うと思い直す。そうじゃないわ。学院で友人とは距離を置いているようだから、書くことが他にないだけ。アルベルダ伯爵令嬢も、ブエノ子爵令嬢も、教室では距離を置いて過ごす形だったみたい。きっと、彼女達を巻き込みたくなかったのだろう。


「これは証拠になる」


「ええ。読み進めましょう」


「具合が悪いなら、中断したほうが」


 顔色が悪いと指摘する父に、首を横に振った。ここで逃げてしまったら、二度と日記帳を開かない。過去の恐怖と向き合う覚悟は、今の私にこそ必要だった。


 お父様に話した前日、授業内容の表記のあと……信じられない事件が記されていた。書きながら溢した涙のシミが残る文字を手でなぞった。


 王太子にお茶に呼ばれ、個室に入った。側近達もいるため不安を感じながらも着席すると、お茶が用意される。そのお茶に入っていたのは、虫だ。名前など知らない。黒い虫としか判別できなかった。美しい紅茶の水色すいしょくに、沈む黒い影はまだ蠢いていた。


 入れたばかりなのだろう。それを飲めと命じる王太子に抗議したが、押さえつけられ無理やり流し込まれた。口の中で感じた違和感と吐き気、掴まれた腕が自由になるなり、その場で吐いた。淑女教育など関係ない。人前だろうが迷わない。


 その必死な姿を嘲笑う彼らを睨み、飛び出して……医務室の前で止まった。今日は誰もいない。すでに授業は終わっており、教師の姿はなかった。紅茶と吐瀉物で汚れた制服を隠すように、バッグを胸の前に抱えて逃げる。


 精一杯の抵抗だった。そう締め括られた文字は荒れて、解読がぎりぎりだ。感情が揺れて、どうにも抑えきれなかったのだろう。この翌日に、もう無理だと父に訴えたなら……それは本当に限界だったのだ。


「本当、に……すまなか……った」


 怒りからか悔しさか。それとも理解できなかった悲しみか。震える声で絞り出された謝罪に、私は無言で日記を捲った。その前の日へと。











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新作のお知らせ_( _*´ ꒳ `*)_


【竜王殺しの勇者は英雄か】(仮)

タイトルに迷っているので、改題する可能性あります。

魔王を退治にしに来た勇者が、間違えて竜王を退治した人違いから始まる物語


https://kakuyomu.jp/works/16817330663624221067

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