21.優柔不断で見限られた兄

 一言で表現すれば、他に直系男子がいなかった。ただそれだけだ。これで執務を疎かにしたり、浪費をしたり、他に欠点があれば王位継承権は剥奪されたのだろう。


「あやつは愚かでバカだが、勉強はできる。机上の空論を立ち上げるたび、周囲が補正を入れてきた。今まではそれでも国政が動いていたのだ」


 次世代に血を繋ぐだけなら、この一代だけ目を瞑ってくれないか。賢王だった先代に頭を下げられ、従兄弟を任せると言われたら断れなかった。


 救いようのないバカだが、種馬としては使える。他の公爵家も同様の判断を下した。幸いにして当代の公爵家は、有能な当主が並んだ。侯爵家以下の貴族も、先代の願いを聞き入れて引き下がった。


「だが、あのバカはまたやらかした」


 ぐっと拳を握る父の後悔が、声に滲んでいた。愚かな次世代を生み出し、王太子を支える周囲も……期待できない。父はそう吐き捨てた。兄はすでに見限られ、泳がされているようだ。


「では、王家は」


「交代となるだろう。最有力は我がフロレンティーノだったが、カリストがあのざまで使えない。アリーチェは女王になりたいか?」


「いいえ」


 即答だった。記憶があったとしても、断ったと思う。侍女が置いていった珈琲に口をつけた。強い苦味と僅かな酸味、鼻に抜ける香りが好きだ。この国では輸入品なので、高級な部類に入る。しっかり味わった。


 このくらいの贅沢ができれば、それ以上を望んだりしない。王族だなんて、苦労を背負い込むだけ。私には務まらない。


「ならば、オリバレス公爵家あたりだな」


 筆頭公爵家である我が家には、先代の姉君が嫁いでいた。私の祖母にあたる。父はその血筋を引き継ぐため、現時点で王家に最も近かった。断るなら、数代前の王女が降家したオリバレス家になるらしい。


 貴族名鑑には記されなかった事情を聞いて、私は溜め息を吐いた。


「王妃様を名前でお呼びするのは、無礼ではありませんか?」


「ふむ……カロリーナ殿は、志を同じくする仲間だ。先日の夜会では、誰も家名を名乗らずファーストネームで呼び合った。この国を真に憂う者の夜会だからな」


 地位や家名で先入観を作らない。そう決められたルールに従い、爵位も将軍などの肩書きも使わないのだ。父はどこか誇らしげに言い切った。


「でしたら、お兄様を連れて行かない方が良かったのではありませんか」


 王太子側ならば、情報が漏れて危険だ。そう心配する私の髪を撫で、父は豪快に笑った。扉の向こうで控える執事が、何事かと覗き込むほど……大きな声だ。


「言っただろう、あれは泳がせている。王太子側に情報を漏らす心配は無用だ。カリストは王太子に切られたからな」


 王太子は兄を見限った。自分が恋する女性を認めなかったから? 意味がわからず混乱した私に、父は丁寧に縺れた紐を解いてくれた。


「夜会のひと月前にケンカ別れしたのは本当だろう。そのあとカリストは動かなかった。俺に何も言わなかったのだ。あの時点で知らせておれば、手が打てたであろうに」


 王太子が私以外の女性を抱き寄せた姿を見て、距離を置いたのは事実のようだ。その話を父にせず、私にも知らせなかった。だから断罪事件は起きた。


 どちらにつくか決められず、両方を天秤にかけた。なんて優柔不断な男なの。残った珈琲を一気に呷った私に、父は苦笑いした。


「情報を漏らされても、今さら我々の動きは止められん」


 放置しても構わないの言葉の裏は、相手に情報が漏れても困らないの意味ね。お父様の話からすると、ほとんどの貴族がこちら側についた。国王交代が起きるのなら、その前に記憶を取り戻したいわね。

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