13.毒入りの紅茶を飲まされていた

 私が押さえられて悲鳴を上げ、助けようとしたお父様が傷つけられた。そのとき、ご友人と一緒のお兄様は何をしていたの? 残酷な質問なのを承知で、私はそう声を上げた。


「駆け付けようとして、捕まった。リチェが引き倒されたところで足を踏み出し、壁際にいた数人の貴族令息に邪魔されたよ。それを振り払う間に、騎士が僕を拘束した。国家反逆罪と言われたな」


 その罪状は、私の時も出てきた。反逆罪というからには、何か証拠があったのかしら。眉を寄せた私に、兄は続けた。


「縛られた僕が抵抗している間に、ようやく国王夫妻がお見えになった。すぐに気づいて僕の縄を解いたが、父上とリチェは連れ去られた後だった」


 思いだせるか? そう問われたら、そんな気はしない。刺激されて記憶が戻る様子はなかった。ただ、他人事のように己に起きた不幸を聞くだけ。まるで物語を読み聞かされたような、不思議な気分だった。


「国王陛下は王太子殿下を自室へ軟禁した。罪状がはっきりするまでの措置として、だ」


 ここは理解できる。国王陛下のお立場なら、息子を庇うこともできた。それをしたら、国が崩壊すると知っているから、厳しい措置を取る必要がある。けれど、罪状や状況がわからないうちは、王太子の立場や地位もあり軟禁が精一杯だろう。


 頷いた私に、お兄様は大きく深い息を吐き出した。怒りを堪えきれないというように。


「僕が見ていた話をすべて陛下にお話しし、すぐに王太子の処罰が行われると思った。だが……あの方は唯一の跡取りである王太子を庇ったんだ」


 殿下という敬称を消した。それはお兄様の覚悟と怒りを示す。尊敬するに値しなければ、王族であっても「陛下」や「殿下」の尊称は不要。一般的には咎められる無礼を、お父様は当然だと頷いた。


 これは我が公爵家としての立場だろう。今後は王族に対し、敬意を払うことはしない。家族を傷つけた王太子と、愚者を擁護する王への決意表明だった。


「リチェ、この国は二つの派閥がある。国王派と貴族派だ」


 お父様の言葉は、突然話を逸らされたように感じた。けれど、説明のために付け加えたらしい。


「僕らはどちらにも属さなかった。公爵家とは王家を諌める立場にいて、けれど血縁があるので敵対もしない。その不文律が崩れた。僕は父上とリチェを探すために、貴族派と手を組むと宣言した」


 宣言したのなら、夜会の場で口にしたのだ。国王に与することはないと、公爵家が反旗を翻したも同然だった。


「陛下の命令で解放された俺は、まずリチェを探した。客間の一つを使って監禁されたのだから、すぐ近くにいると思った。協力する貴族派の騎士を連れて部屋を探し回り、ようやくお前を拘束した騎士の一人を見つけた」


 お父様はそこで唇を噛み、ゆっくりと私の目に視線を合わせた。澄んだ青い瞳が、黒く濁っていく。


「駆け込んだ部屋で、お前は数人の男に囲まれていた。王太子の側近だ。彼らは我が娘の口にカップを押し当て、嫌がるお前に無理やり……っ!」


 それ以上声が出ず、ぱくぱくと口を動かしたお父様に、私は冷えた声を絞り出した。


「毒を入れた紅茶を飲ませたのですね」


 掠れて聞きづらい。自分の声が遠くで響いていた。ああ、だから……紅茶が怖かったのだ。話が事実とひとつに繋がった。

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