08.本心から悪いと思うなら教えて

 案内された執務室で、お父様は深刻そうに頭を抱えていた。その隣で、兄カリストが気遣わしそうな視線を向ける。一礼して、お父様の前に立った。


「お呼びと伺いました」


「ああ。その……手紙を見たのか?」


「はい、読みました」


 中まで目を通したと告げた私に、お兄様が手を伸ばす。避けずにいれば、ぎゅっと抱き締められた。兄妹の距離感としてこれが正しいか、そう問われたら迷うところですが。仲の良い家族ならおかしくないでしょう。ただ、私の体は強張った。


 記憶がなくても体や精神は正直なようだ。口角を僅かに持ち上げて自嘲する。この状態が異常なのだと、私の体が答えている。だから抱き返す腕がなかった。だらりと両腕を下げたまま、兄の抱擁を受ける。


「手紙の仕分けは、父である俺に任せてほしい」


「私宛の手紙ですわ」


 仕事関係の場合、家令や執事が開封して渡すこともある。けれど、中身の検閲まではしない。手紙に仕込みや悪戯がないか確認するため、ペーパーナイフを当てるところまでだ。けれど、父は違った。絶対に中身を確認している。今までにもっとたくさんの手紙が届いたはず。


「今までの手紙はどうなさいました?」


「適切に処理した」


 すぐに答えがあったことで、私は突っ返したのだと察した。どんな事情があれ、私が記憶を取り戻すには外部の情報が必要だ。それを阻むなら、たとえ家族でも……。


「伏せっていた間の対応は感謝いたします。ですが……適切かどうかは、私の判断することではありませんか?」


 私に届いた手紙、それも宛名が私の名であるなら親といえど開封すべきではない。正論を突きつけられ、父はぐっと拳を握った。


「お前を傷つけた奴らの手紙など! 何が書かれているか、分からんのだぞ!! 俺は今度こそ、娘を守ってみせる」


 途中まで怒鳴るように声を張り上げ、最後に噛みしめる形で静かに締め括られた。そこに嘘はないと思う。抱きしめたままの兄の背をぽんと叩き、離れてもらうよう示した。そっと解かれた腕から抜け出し、父や兄に厳しい本音をぶつける。


「では、私がどう感じているか。お伝えしておきます」


 ごくりと喉を鳴らした兄と対照的に、父は渋い顔をした。この辺は政や外交の経験差かしら。公爵家嫡男でありながら、お兄様は感情を外に出し過ぎる。


「現時点で私の味方はサーラのみ。それ以外は敵とどちらでもないに分類されます。お父様やお兄様は、どちらでもないですね」


 分かっていたと眉間に皺を寄せながら受け止める父は、肘をついた執務机で手を組んだ。兄は目を見開き「そんな」と嘆く様子を見せる。


「お二人とも私の目が覚めた時に、なんて仰ったか。覚えておられるでしょうか。許しをうたのです。悪かった、許してくれ、と。償いをしたい、と。私が記憶を持たないと知って、ほっとした顔をしたのも……全部気づいています」


 ここで、この二人を突き崩してしまおう。私の味方になる道しか残さない。


「本心から悪いと思っているなら、私の邪魔はなさらないで。何があったのか、すべてを教えてください」

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