刺し身殺害事件

@Suzakusuyama

第1話

 「きゃああああ!ひ、人が死んでる!!」

 女性の甲高い声が響いた。

 とあるプール付きの水族館。

 穏やかな魚たちは争いを知らずに平和に泳いでいる。

 「何事ですか、私は警察です」

 私が叫び声の元へ向かう。

 そこには、まるで醤油の中の刺し身に菊がちったような状態で横たわる女性がいた。

 「これはこれは…」

 私が脈を取る。

 死んでいた。

 「こちら川崎。A水族館で女性の死亡を確認。恐らく殺人です。応援求みます」

 死体の状況は殺されて直後。少し腐っている女性の周辺には円形に血溜まりが出来ており、胸には太い針が二本。そして、これみよがしにすこし黄色く染色された赤身の刺し身が散りばめられていた。着ている服は血まみれで、全身が油でギトギトになっていた。

 「悪趣味だな…」

 私が顔をしかめる。

 どんな刺し身狂いか、この子が刺し身が嫌いなだけか。

 そんなの知らないし、興味がない。

 でも、検挙率上げて褒められるために、今回の事件は私。川崎ちこがとくよ。





 「お疲れ様」

 死体をある程度いじったところで、先輩刑事がやってくる。

 「どうも、岩田さん」

 岩田さんは、私の想い人だ。

 背が高く、運動神経が良い。だが顔面は正直壊滅的でニキビだらけ、体臭も酷いけど愛想笑いが上手で惚れてしまった!

 私は、この人にアピールするんだ!

 「あの、今回の事件、私に任せてくれませんか?」

 私が聞くと、

 「いいよ」

 と先輩は簡単に一任してくれた。

 「やった!」

 私は飛び上がり、改めて現状を把握する。被害者は本当に誰も見ないような陰気なくらーいところで殺されていた。

 それもそのはず、その場所の奥にはスタッフオンリーの扉しかなく、人目がつかない場所なのだ。

 発見者は少し休もうと思ってその場所によったときに発見。だそうである。

 んーーとね、一切わからない!!

 私ごときの知能じゃ無理がある!!ダメだ!!

 (いや、でも先輩がせっかく任せてくれたんだし、頑張らないと…うーーん)

 と私が悩んでいると、

 「やっ、どうしたの」

 とうしろから声がした。この声は…

 と思いながら後ろを振り向く。

 「うげっ…」

 思わず声が出た。

 この声の主、それは…

 「あははっ、ウゲッは無いでしょちこくーん」

 捜査一課のエース、桑原キザ。

 こんな軽いノリであるが、一課のエースであり、体術、それに脳みそも出来がいいゲキヤバ人間である。

 「ハァ…チッ」

 あの岩田先輩が私にあっさりと現場を任せたのは、この人がいるからだな。

 私はすぐに察した。

 先輩は死体を見るなり、

 「結構時間立ってるね」

 と言った。

 「え?でも回りには血溜まりが…」

 私が言うと、

 「ほら、これこれー」

 と言いながら黄色い刺し身を取り上げる。

 「これ、脂身でしょ?油っていうのは時間立つと酸化してちょっと黄色くなるんだよね」

 と言って死体の周りにある血をペロッと舐めた。

 そして

 「むむっ!むっ!むむむむ〜〜〜!!」

 と唸る。

 「これ、人間の血じゃないぞ〜〜!!」

 先輩が言い放ったとき、他の人に鑑識の結果の資料を渡された。

 「まじじゃん…」

 鑑識の結果、その血は犬の血だった。

 私は再度先輩を見る。先輩はニヤッと笑って、

 「次々、次だよー」

 と笑った。

 この人怖ぇ、って思った。

 でも次の瞬間には嫌悪感に変わっていた。

 「ちこくんはこれを殺したのは誰だと思う?」

 亡くなった人をこれ呼ばわり、やっぱゴミクズだな、って思った。

 私は

 「ほとんど人が通らない位置に設置、そして誰にもバレずに大きな死体を運べる、更に監視カメラに映らないという水族館の館内構図の把握…これは、水族館の職員だと思います」

 と真面目に回答すると、

 「ん〜〜〜〜正解っ!やるじゃん!」

 と先輩が拍手を送る。

 次に、

 「じゃあ、何でこれの回りには変なものが散らばってると思う?」

 先輩の問いに、 

 「やっぱり私は犯人からのメッセージ、もしくは悪魔信仰、だと思います」

 とやはり真面目に答えたが、

 「うん、違うね」

 とバッサリ切られてしまった。

 「えぇ…じゃあどうい「見せかけだよ」

 先輩が私の問を遮る。

 「こういうのを信仰や猟奇殺人と考えれば捜査範囲は一気に狭まる。それを狙った犯人の苦し紛れの”お刺し身”さ。本物のキチガイなら死体を捌く、酔狂な新興団体なら身内間で完結できちゃう。そうでしょ?」

 たしかに、とは思った。でも、それでは捜査範囲が拡大して…

 「もう水族館職員の可能性が高い、って時点で十分絞れている。この際他のことは無視したほうが得策でしょ?」

 先輩の説明になるほど、と思った。

 先輩はさらに血のついていない死体の表面をペロッと舐める。

 「うん、やっぱり海水だね。ということはつまり〜?」

 「え、わかりません」

 私の答えに、

 「うん。僕もだ」

 と先輩は真面目な顔で言った。そして次に

 「エリートの僕には分からなかった。でも、頭の悪い僕ならわかる」

 と変なことをいう。エリートな先輩は、

 「僕は死体の保存だと思うんだよね」

 と言った。

 「死体の保存んんん???」

 私の頭ははてなでいっぱいだった。

 「そそ、死体の保存だよ」

 先輩はニッコリと笑い、

 「きっと犯人は初心者だ。だから海水で死体を保存できると考えたんだろう。だって、海水には塩分が含まれているからね。実際保存が良くなるのかどうかは知らないけど、僕はあんま変わらないと思うな」

 と言った。

 「捜査に必要なのは多角的な視点だよ」

 なるほど、つまり……

 「殺害現場はこの水族館ですね?」

 「せいかーい」

 人を殺した。そして、発見を遅らせるため、推定殺害時刻をずらすために死体を保存させた。急遽、近くにあった魚の脂身で水を弾いて水の侵入を防ぎ、飼育用水の塩分で腐敗を遅らせるため。

 それができるのは水族館だけだ。

 そして、後は簡単だ。刺し身を作れる場所と言ったら…

 「食堂にいきましょう」

 私が歩みを進める。

 しかし、先輩が

 「待ち給えちこくん」

 と私を止めた。

 「なんでですか?」

 単純な疑問を口に出すと、

 「まだ犯人が何処に属するものかわかったわけじゃない。大前提として、食堂には軽い冷蔵庫があって一日程度なら日にちをずらせると思わないかい?それに、料理をしているだけの人がバックヤードかなにかにある水槽に人を保存できるわけがない。大前提として、魚の数が減ったりでもしたら大問題だ」

 「でも、誰が…」

 私が地団駄を踏む。

 「ほら、居るでしょ?死んだ魚を扱って、且つ量が減っても特定の人物しか気付け無い係がさ」

 私はその言葉にハッとした。

 「もしかして…餌やりの…」

 「その通り。これで全ての辻褄があったね」

 先輩が手をパンと叩く。

 「犯人はなにかの都合で人を殺し、魚の脂を死体に塗りたくって飼育用の海水に保存、そして基を見計らって死体を持ち出し、猟奇殺人に見立てて遺棄した。これができるのは餌やり係だけだ」

 先輩は得意げに言い放ち、

 「行こうちこくん。犯人が職場を辞める前にね」

 先輩が歩き出した。一課のエースとはまさに、と言った背中だった。

 




 「いやー、流石ですね先輩!もうホント流石です!」

 後日、私は先輩と二人で飲んでいた。

 「それほどでもあるさ」

 キザに決めながら、机に肘をつく。その手にはハイボールが握られていた。

 「じゃあ私の悩みも解決してほしいな〜」

 私がベロベロに酔いながら言うと、

 「ん〜〜岩田くんに男色があるかはわからないな〜」

 と先輩が唸った。

 「え〜〜〜そんなぁ〜〜」

 私は先輩の肩をゆすり、腕に抱きつく。

 「めんどくさー、もうこくろ〜〜」

 メールを送った。

 内容は、岩田先輩!好きです!だ。

 返信、楽しみだな!

 

 

 



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