沈黙の反乱~若き二人は散っていく~

紺狐

「ヴィーガン、許嫁はどうした」

「許嫁ではないのですが」

 十一月になってから冷え込みは一段と厳しくなって、手先がかじかむ。魔獣への餌やりを済ませてとっとと学校に行こうと思っていると、通りすがった近所の老人に声をかけられ、先述の言葉に繋がる。

 家を出てすぐ話しかけられるのはあまり嬉しくない。

 老人というのは、話が長くて面倒なことこの上ない。

「お前さんまだそう言ってるのか。うちの里の風習を考えたら、フラーデベルとお前さんは許嫁のようなもんだろう。もう十五になるんだからそろそろ考えないのか」

「一応自由恋愛が原則でしょう。フラーデベルがいいと思うなら彼女と結婚しますし、そうでないならしない。それだけです。それと、彼女は任務だったので起きてないだけですよ」

 いつものように事務的に、淡々と答える。こういうときに感情的になるのは相手が調子に乗るだけだ。相手からしても、反応が面白くないとつまらないのだろう。顔から、興味が失せた様子がありありと伝わってきた。

「ふうん、何してたんだい」

 答えはおおよそ分かっているだろうに。しかし、しつこく聞いてくるからには雑談をしたかったということなのだろう。

 こちらは雑談をしたいなんて言ってないが。

「守秘義務と言って教えてくれませんでしたね」

「そうか、学校に遅れんようにしろよ」

 そういって、そのまま道を進んでどこかに行ってしまった。

 ……やっと終わったか。

 さて、

「いつまで隠れているんだい?」

 老人は気づいていなかったが、先程老人が許嫁と呼んでいた人物――フラーデベル・アイソ―トル――はさっきから横の茂みに隠れていた。

 無論自分は気づいたが、老人の実力ではまず見破れなかっただろうからずっと喋っていたわけだ。

 自身の気配を極力薄めて自然と同化させ、かつできる限りばれないように息遣いや隠れ方、その他諸々の工夫と努力の結晶。

 申し分ない隠形。それをできるのが、彼女だった。

「っていうか、わざわざ隠れなくてもいいでしょ」

「めんどくさいじゃない、ああいうの」

 相変わらず割り切りの良い。こういう所は自分にはないので素直に尊敬している。

 髪の色は真紅のように濃い色をした髪の毛、ではない。毛先の赫は落ちて硝子のように透明であり奥に存在する地面が見える。これは彼女が、毛の根元は銀で他の部分は透明という瑠硝銀種アビィーターツォだからであり、赤い髪は昨日染めたのであろう。

 水晶のついた髪留めで結んだ髪の根元には、まだ赤が微かに残っていた。

「昨日は何したんだい?」

「赤い踊り子になって鼠を探していたの」

「お疲れ様。鼠は捕まったかい?」

「えぇ、ボロをだしたから引き渡してきたわ」

 いつも通りの朝。いつも通りの日常。太陽は輝いているが、全体的に靄がかった空。

「学校に行きましょうか、遅刻するわよ」

 そう言うや否や口笛を吹いて、鉄の羽を持つ大鳥を呼びだした。先ほどエサを与えていた魔獣だ。

 こちらも負けじと、炎を身体に宿す魔獣の鳥を呼び出し飛び立った。

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