第15話 椎羅崇史


「椎羅崇史さんが俺に会いたいってどうして」


 俺は意味も分からず、紫織ちゃんに聞き返していた。


「信拓さんは今、ホットな人です。兄はそういう話題になっている人と交流するのが好きなんですよ」


「別に俺はそんな話題になっているって訳じゃないけど」


「何を言っているんですか。この間見つけたんですけど、信拓さんの掲示板が上がっているんですよ」


「掲示板? そんなものがあるのか」


「えぇ、見ますか?」


「いや、見たくない」


「どうしてですか?」


「どうせ悪口が書かれているだけだろ。わざわざ自分の首を絞める行為はごめんだな」


「内容はその逆です。信拓さんを賞賛する書き込みで溢れ返っています」


「へー。そうなんだ。だとしても見たくない」


「配信者なのに掲示板の書き込みは見たくないんですね」


「別に俺の勝手だよ」


「それは自由にしてくれたらいいと思います。それより、兄と会いますか? 会いませんか?」


「会ってもいいけど、何を話せばいいか分からないし」


「一応、事務所のトップの人なんですから交流はしといた方がいいと思います。じゃ、会うってことで返事しておきますね」


 紫織ちゃんはスマホでメッセージを送る。

 配信者の第一人者と言われている人。きっとぼろ儲けしているんだろうなぁ。俺は成金の姿を想像してなんだか勝手に印象を悪くした。


「お、速攻で返信が来ました。【今夜、食事でも行きましょう】だって。信拓さん。いいですよね?」


「あぁ、もう好きにしてくれ」


「一応、私も同席しますからそんな緊張しなくてもいいですよ」


「紫織ちゃんの兄貴ってどんな人だ?」


「どんな? そうですね。一言で言えば変わり者ですね」


「変わり者か。まぁ、配信者は変わり者が多いからな」


「いえ、本当に変わっているんですよ。身体は大人。頭脳は子供です」


 コ●ンくんの逆バージョンかな?

 想像すれば怖い。だが、それも会ってみないと分からない。

 一仕事終えた頃、約束の場所に紫織ちゃんと向かう。


「そう言えば紫織ちゃんは兄貴と住んでいるの?」


「まさか。兄は高校卒業と共に実家を出たんです。私は専門学校に行くために実家を出て寮で生活していました。今は普通に一人暮らしです」


「そうなんだ。普段兄貴とよく会うの?」


「連絡はしょっちゅう取っています。兄はシスコンなところがあるんですよ。会えば仕事の手伝いをしながらこっちの業界に引き込まれた感じです」


「兄の影響を受けたってことか」


「その言い方は少し嫌ですね。確かに影響は受けていますけど、私は私のやりたいと思ってこの仕事をしているんです」


「そ、そうか。それもまたいいと思うよ」


 紫織ちゃんについて行きながら街の外れまで来てしまう。

 そして、紫織ちゃんはとあるビルに足を止めた。


「ここです」


 高層ビルだ。一流の店が立ち並ぶところである。


「あの、俺今日そんなに金持って来ていないんだけど」


「心配しなくていいですよ。誘ったのは兄の方ですから全額払ってくれますよ」


 エレベーターに乗り、降りた先ではバーの店である。

 オシャレな雰囲気が漂う。勿論、店の中もオシャレの宝庫だ。


「紫織。こっちだ」


 店の奥で待ち構える人物。彼こそが椎羅崇史本人である。

 高級腕時計やアクセサリーを想像していたが、そんな要素は一切なかった。

 服はモノトーンで高価なものは靴くらいか。

 全体的に見てパッとしない一般人に見える。


「いつもの店ってここしかないわけ?」


「この店が好きなんだよ。君が例の信拓?」


「あ、はい。櫛上信拓です」


「椎羅崇史です。お会いできて光栄だよ」


「こちらこそ」


 俺は握手を交わした。

 第一印象は本当に普通の人だった。凄い人なのにそんな感じが一切なかったのだ。


「お酒は大丈夫?」


「はい」


「じゃ、僕のオススメを呑んでよ。マスター、いつものやつを彼に」


 慣れた手つきで注文をする。俺の前にカクテルが置かれた。

 グラスも中身もなんだかオシャレだ。俺の場違い感が射止めない。

 紫織ちゃんはお酒が飲めないのか、ジュースである。


「さて。何から話そうか」


 せっかくの良い機会だ。成功者から得られるものはあるはず。そう思った。

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