幼馴染の美少女が猫ちゃんになってしまったが、猫ちゃんのお世話を知り尽くした俺に任せてくれ! グヘヘヘ猫ちゃん可愛いなモフモフモフ!

黒足袋

#1 猫パンチっていいよね! モフモフモフモフきゃわわわ!

 その日、少年は天にも昇る気持ちで帰宅した。

 辿り着いたのは彼の契約したアパートの一室。

 今日から一人暮らしを始める新居であり、しかし彼は独りではなかった。

 少年が胸を躍らせる理由は、脇に抱えた猫用キャリーバッグに入っている。

 フローリングの床にキャリーバッグを置く。そして入口を開けながら彼は表情を綻ばせた。


「よしよーし、出ておいで」


 彼の声に応えるように、キャリーバッグの中から一匹の黒猫が姿を見せる。

 少年はそれを見て、歓喜の声を上げた。


「可愛いいいいいい。ほんとに可愛いなキミは。おやつ食べるか? ほら、にゅーるあるぞ」


 少年は猫が大好きだった。

 今まで家庭の事情でペットを飼うことはできなかったが、とある事件をきっかけに今日からこの部屋で黒猫との同居生活が始まる。

 その事実が、否応なしに彼の心を躍らせた。


「そうだキミに似合う可愛い首輪を用意してるんだ。ほら、つけてあげるよ」


 嫌がるそぶりを見せる黒猫に、少年は鈴のついた赤い首輪を巻き付ける。


「いやあ、キミは本当に可愛いな。写真撮ってSNSで自慢しないと。

 そうだオモチャもあるよ。ほら、猫じゃらしつきの釣り竿だ。一緒に遊ぼうね。

 それとキャットハウスもあるんだ。気に入ってくれるかな?

 あとあと、またたび入りのボールもあるんだ。ボール遊び楽しいぞー」


 スマホで写真を撮りながら、ありとあらゆる猫グッズを並べて黒猫の気を惹こうとする少年。

 そんな彼を見て黒猫はプルプルと左手を震わせる。


「いい加減に――してください!」


 少女の声とともに、黒猫は飛び上がり少年の頬を思いっきり殴り飛ばした。


「がっ、ぐふっ!」


 小さな黒猫の体から繰り出されたとは信じ難い衝撃に、少年の体は吹き飛び、新居の壁に叩きつけられる。

 その勢いで壁が凹みヒビが走ったのを見て、黒猫の表情に後悔の色が浮かぶ。

 一方で少年は洪水のような鼻血を垂らしながら、瞳を輝かせた。


「い、今のは猫パンチ! 猫ちゃんとの絆を深めた飼い主げぼくだけが味わうことができる最上級の愛情表現! 伝説の猫パンチか!」


 殴られたことに何故か感動しているが、少年の鼻血は止まることなく滴り続けていた。


「いえ、殴った私が言うのもなんですが違うと思います。というか――」


 黒猫は少年を睨み、少女の声で抗議の声を上げる。


「いい加減にしてください幸人ゆきとさん。医者せんせいの言葉を忘れたんですか? ネコナウィルス患者を猫扱いしては駄目です!

 猫用のおやつを食べさせたり、猫用のオモチャで遊んだりすれば精神が猫に近づいて、人間に戻れなくなるんですよ!」


 その言葉に少年は、はっと目を見開く。

 黒猫は強い口調で主張する。


「私は人間です! 人間の女の子です! 幸人さん、今ご自分のした行為を人間相手にやったらどうなると思います?」


 そこで少年はようやく気付いた。

 今までの自分の行動を、人間の少女相手にしたものとして脳内で置き換える。

 目の前の黒猫は服などは着ていない、当然裸だ。

 それ故に少年の脳裏には、一糸纒わぬ黒髪美少女の姿が描き出される。

 自分は何をした?

 自分は裸の少女に首輪をつけて写真を撮り、S N Sにアップするなどという蛮行に及んでしまったのだ。

 さらに言えば、またたびとは猫にとっては酒のようなものと言われている。

 またたび入りのオモチャで遊ぶのは、女の子に無理やり酒を飲ませて酔い潰させるに等しい最低の行為だ。

 そこまで考えて少年は吠えた。 


「う、うおおおおおおお! 俺はなんてことを! なんて取り返しのつかないことをしてしまったんだああああああ!」

「いや、まさかそこまで反省するとは思ってなかったです」

「すまない静雫しずく! 俺はお前に一生消えない傷を負わせてしまった。この罪は許されていいものじゃない! 俺は最低最悪の生きる価値のないゴミクズ野郎なんだ!」

「あ、あの、流石に大袈裟というか、そこまで自分を追い込まなくてもいいと言いますか」


 黒猫の言葉が耳に入っているのか、入らないのか。

 少年は涙と鼻血を流しながら、部屋の奥のガラス戸を開ける。


「ごめんな静雫。ここから飛び降りて死ぬのが俺にできる唯一の贖罪だ。シーユーアゲイン、地獄に行ってくるよ」

「ええ?」


 困惑する黒猫の目の前で、少年はガラス戸の外へ身を投げた。

 彼がいなくなり、静寂の戻った室内で黒猫の少女はため息を吐く。


「全く、人のことを可愛い可愛いって」


 誰もいない空間で、拗ねたように呟く。


「そういうのは、人間の姿の時に言ってくださいよ。幸人さんの、ばか」


 そんな彼女の独り言は空気に溶けていく。

 さて、何故こんなことになったのか。

 それを説明するには少し時間を遡る必要があるだろう。

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