自由を構えろ
〇〇
1 革命前夜
「ようやくこの日が来た…」
その日の日付が変わる少し前、僕はいつものように河川敷の東屋の下で慧伍と落ち合った。
「そうだな。今日は言うなれば、革命前夜ってやつか」
二人掛けのベンチに座る彼が言った。
「革命前夜……か。なんだかすごくいい響きだな」
驚くほどしっくりくるその言葉を、僕は噛み締める。彼はと言うと、そんな僕を気にも留めず、川面に映る歪んだ月を見ていた。しかし一つだけ違うのは彼が隣に鞄ほどの大きさの何かを座らせているということだ。
…アタッシュケース? だろうか。ジュラルミン製の分厚い容器に包まれたその中身を、僕は猛烈に知りたくなった。
「……ところで、君が持ってるそれ、何が入ってるんだ?」
指差してそう尋ねると
「ああ、これか? いいぞ、見せてやるよ」
待ってましたと言わんばかりに彼はアタッシュケースの蓋を開ける。
中身を見て、僕は戦慄した。
「……これって!」
撃ち抜かれたような衝撃が全身を駆け巡る。中には二丁の拳銃と予備のマガジンが数本入っており、その全てに実弾が籠められていた。
「格好いいだろ、これ。結構いい値したんだぜ」
「そ、そうなんだ…」
銃を目にした衝撃で、僕の頭の中はほとんど真っ白になった。鉛の匂いや、その光沢の生々しさに目眩がする。そんな僕に追い打ちをかけるように彼が衝撃の一言を放った。
「これ、一つやるよ、餞別だ。受け取ってくれ」
そう言って彼は僕に二丁あるうちの一丁を差し出す。
「いやいや、いらないよ! どうしてそんな物騒な物を持たないといけないんだよ」
余計なことを聞くんじゃなかったと僕は後悔した。当然だ。そもそも扱い方も知らないのに持っていても意味がない。そんな僕の必死の弁論も甲斐なく、慧伍はやれやれとため息をついて
「そんなに重く捉えるなって。ただの護身用だと思えばいいんだ。確かにちょっと過剰な気はするけど、そのくらいの方が丁度いい。それに、引き金を引くかどうかはお前が決めることだ」
「でも……」
僕は考える。果たしてこれを受け取るべきなのか。しかし、考えれば考えるほど答えからは遠ざかっていった。
「それに、これはお前にとってはただの旅じゃないだろ?」
そうだ。彼の言葉を借りれば、これから始まる物語は言うなれば革命なのだ。この町から抜け出して、自由を目指す旅。昨日今日の思い付きでは成しえない、これまでの人生で最も大きな分岐点。何が起きても不思議ではない状況なら、備えが万全であることに越したことはない。
「よし、それでいいんだよ。流石、俺が気に入った男だ」
「……ありがとう」
気が付けば僕は差し出されたそれを受け取っていた。にやりと笑う彼の顔を見て、もう後戻りは出来ないことを察した。けれど、なぜだか僕の心はとても清々しかった。
「北斗! お前は一体、何になるんだ!」
彼は僕に強くそう問いかける。その答えはもう既に僕の心にあった
「僕は、イカロスになるんだ!」
神話の世界、閉ざされた大地を飛び出し大空を駆けた彼のように、僕も自由を追いたい。
それは僕にとって、過去を捨て去るための儀式そのものであった。
もうあの頃には戻らないという、決意の表れだった。
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