第538話 剣聖からの手紙


 オリネオの町、魔術師協会。


「たっだいまあー」


 がらっと玄関を開け、シズクがのしのしと上がってくる。


「シズクさん、おかえりなさい」


「おかえりなさい!」


 マツとクレールが本から顔を上げて、シズクを迎える。


「あれ? マサちゃんとカオル・・・ああっ! 秘密稽古か!?」


 くす、とマツが笑って、


「カオルさんは、夕餉のおかずを買い足しに行きましたよ。

 マッリーだけでは寂しいですから、何か野菜でもと。

 マサヒデ様は、ハワード様の所に」


「えっ」


「何か?」


 シズクが懐から封書を出して、


「カゲミツ様から、ハワードさんに手紙預かっててさ。

 今から、ハワードさんの所に行くんだ」


「あら、そうでしたか」


「ついでに、ハワードさんに1本稽古してもらおうと思ってたんだ!

 マサちゃんにも見てもらうかな」


「うふふ。道場から帰ったばかりですのに、お元気ですこと。

 夕餉もすぐですのに」


 マツがころころと笑う。

 シズクはごろりと鉄棒を慎重に転がして、木の棒を取る。


「一緒に行く?」


 クレールが、ええ、とあからさまに顔をしかめて、


「ハワード様の所ですよね・・・」


「そうだよ」


「きっと、朝の素振りの時みたいに、すっごく緊張してますよ!

 マツ様もそう思いますよね?」


 マツが苦笑いをして、


「そうですよね。あのお二人が、新しい剣の技術を目の前にして、食いつかない訳がないですもの」


 うーん、とクレールが腕を組んで、


「あの、マツ様、私、心配していることがあるんです」


「何でしょう?」


「ハワード様も、きっと毎日あんな緊張した素振りしてますよね。

 騎士様達や、皆さんの馬、はげてしまわないでしょうか?」


「あら・・・確かに、それは心配ですね・・・」


「ふっ! あははは! じゃあ、私が見てきてあげる!」


「程々にしてきて下さいね」


「もっちろん! 今日は久しぶりのマッリーだもんね!」


「昨日から漬けてありますものね! これは美味しいですよ!」


「うぁー! 腹が鳴りそう! 早く帰ってくるよ!

 あ、帰りに三浦酒天でお酒買ってくる!

 今日はマサちゃんも許してくれるよ!」


 ぱちん、とマツが手を合わせ、


「良いですね! ちょっと待って下さいな」


 立ち上がって、静かに奥に入って行き、すぐ戻って来て、


「はい。お願いしますね」


 と、金貨を1枚渡す。

 シズクが首を傾げて、


「うーん、マツさん、1人1本にしとかない?

 金貨1枚分も買ってきたら、マサちゃんがまた酒臭いって怒るよ」


 シズクが言う1本は、一升徳利が1本だ。


「ううん・・・」


「そうですねえ・・・」


 マツもクレールも首を傾げる。


「我慢しましょうか」


「残念ですけど」


「仕方ないよ。マサちゃんは人族だもん」


 酒豪3人が、残念そうに顔を合わせる。



----------



 郊外のあばら家。


 もう日も傾き、夕焼けに染まっている。


(ああ、やってるな)


 騎士達は馬を連れて、外に出ている。

 トモヤも貧弱なヤマボウシを連れて、よしよしと撫でている。

 離れたここからでも、シズクにはぴりぴりした雰囲気を感じる。

 すたすたと歩いて行き、


「おう、トモヤ」


「お・・・おう、シズクさんか」


 トモヤが困ったような、変な顔で、ちらっとあばら家の方を見る。

 シズクが苦笑いして、


「な、たまんねえだろ? うちも毎朝、あんな感じなんだ」


「たまらんのう。ヤマボウシが禿げそうじゃ。

 アルマダ殿も、先日から素振りを始めると、あんな感じじゃ。

 マサヒデも、よく禿げんの」


 いつも大声のトモヤが、少し声を小さくしている。


「全くだよなあー。ちょっと入らせてもらうよ。

 カゲミツ様から、ハワードさんに手紙預かってきたんだ」


「何? カゲミツ様からか?」


「馬、捕まえに行くんだって。

 どうせ、皆、明日もこんな感じでしょ?

 騎士さん達は、カゲミツ様の所に逃げれるね」


「ワシは?」


「トモヤは将棋だろ? 馬見る目もないじゃん」


「む、ううむ・・・」


「寺で泊まれば良いじゃないか。将棋の勝負がつかないとか言って」


「む、それも良いか。じゃが、毎日だとバレるの」


「我慢するしかないね! あはは!」


 ぱん、とトモヤの背中を叩いて、シズクが入って行く。

 マサヒデとアルマダが離れて向かい合って、くい、と振り上げて下ろし、振り上げて下ろしている。


「おこーんばーんはーっ!」


 振り上げた所でシズクが声を上げると、は! と2人がシズクの方を向いた。


「あっ・・・シズクさん」


 と、マサヒデが、


「ああーっ!」


 と、大声を上げた。


「ど、どうしたの!?」


「マサヒデさん!?」


 驚いて、2人が声を上げたが、マサヒデはぱっと前に手を出して、


「そのまま! 動かないで!」


「んっ」


 ぴた、と2人が止まる。

 マサヒデが持っていた刀を投げ出して、アルマダの目の前に歩いて行き、そっとアルマダが振り上げた剣を指差す。


「アルマダさん。この剣の位置」


「む!」


 真正面に上がった剣が、頭の横に来ている。

 これで振り下ろせば、袈裟斬りだ。


「今、ぴったり頭の上にあった」


 アルマダが剣を頭の上に構える。


「シズクさんが来て、あっちを向いて・・・」


 アルマダがくいっと身体をシズクの方に向けて、剣が肩の上に落ちる。


「違う違う。振り向く前だった。もう一度戻して」


 もう一度、アルマダが剣を頭の上に構える。

 マサヒデがしゃがみこんで、アルマダの横に回り、


「腰だけかな?」


 くい、とアルマダが腰だけをシズクの方に回す。

 剣が肩の上に落ちる。

 アルマダが違和感を感じたのか、


「違う。マサヒデさん、腰じゃない」


 もう一度、頭の上に剣を置き、


「こうだ」


 くい、とほんの少し股関節を動かす。

 す、と剣が肩の上に落ちる。


「股関節で回すのか」


「ほんの少し開いただけですよ、これ」


 もう一度戻して、ぴく、と動かす。

 剣が肩の上に落ちる。

 反対に回し、逆側の肩に落とす。


「ほら。凄いですよ。後はこのまま落とせば、左右の袈裟斬りになるんです」


「ううむ・・・」


「これ、この脱力した構えじゃないと、上手く出来ませんよ」


 マサヒデが投げ出した刀を取って、構えて、くい、くい、と左右に落とす。


「こうか・・・こうか・・・ううむ」


「待った待った待ったー! そこまでー!」


 夢中になりだした2人を、シズクが大声で止める。


「何ですか? 今、凄く」


 ぱ! とシズクが手を前に出して、マサヒデの口を止め、


「そーこーまーでー! ハワードさん! カゲミツ様から手紙ー!」


 シズクが懐から手紙を取り出す。


「むっ・・・ううむ」


 アルマダが剣を下ろし、渋々といった顔で鞘に納めて、手紙を受け取る。

 ふう、と息をついて、縁側に座って封を開ける。

 おや? と顔を変えて、


「馬、ですか。ついに馬術が始まりますね」


「1人でいいよ、なんて言ってたけどさ。

 どうせなら、1回でたくさん捕まえた方が良いでしょ。

 騎士さん達、皆、送ってあげなよ」


「ふむ・・・そうしますか」


 アルマダが立ち上がって、入り口まで行き、皆を呼ぶ。


「皆さん、集まって下さい!」


 何だ何だ、と皆が馬を引いて集まってくる。


「アルマダ様、何か」


「カゲミツ様から、馬を捕まえるのに、皆さんの力を借りたいとのお願いです。

 ついに、トミヤス道場で、本格的な馬術の稽古が始まります」


 おお! と皆が声を上げる。


「悔しいですが、私は皆さんほどに、馬を見る目はありません。

 皆さん、明日は全員でトミヤス道場へ行ってもらえますか。

 留守は私が預かります」


「我々が選んだ馬が、トミヤス道場の馬術稽古にですか!」


 騎士達の目が輝く。


「そうです。分かっているでしょうが、泊りがけになるので、準備は怠らずに。

 皆さんの馬は、村の厩舎で預かってもらえますから、馬で行って下さい。

 良い馬を選んできて下さいよ」


「お任せ下さい! 必ずや!」


 シズクは盛り上がるアルマダと騎士達を見て、くい、くい、と刀の位置を変えているマサヒデに、


「ほら、マサちゃんも帰るよ! 早くしないと日が沈んじゃうだろ!

 皆、マサちゃん待ってるんだから!」


「いや、今はちょっと・・・もう少しだけ」


「駄目! 子供じゃないんだから!」


「ううむ」


 マサヒデが顔をしかめながら、稽古用の刀を納める。

 シズクがマサヒデの腕を引っ掴んで、


「ほら! マツ様もクレール様も、懐かしい料理で楽しみにしてるんだから。

 奥方2人を待たせちゃだーめっ!」


「分かりましたよ・・・あまり引っ張らないで下さい。腕が潰れます」


 渋々、マサヒデがシズクと歩いて行く。

 入り口のアルマダに、


「アルマダさん、すみません。今日はここまでで」


「こちらこそ、稽古にお付き合い下さり、ありがとうございました」


 シズクもにっこり笑って、


「ハワードさん、明日から1人でしょ? 私もここに顔出すからさ。

 ちょっとで良いから、相手してくれる?」


「もちろんですとも」


「やった! じゃあ、またねー!」


 ぱん、とマサヒデの背中を軽く叩いて、シズクが出て行く。

 マサヒデも、手を刀を持つ形にして、くいくい動かしながら歩いて行った。

 ぶは、と鳴いた馬の声が、安心した声に聞こえて、くす、とシズクが笑う。

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