第499話 パーティー終了・2


 壇上を下りると、アルマダ、カオル、シズク、ホルニ一家が待っていた。


 アルマダが歩いて来て、


「おつか」


 がば! とアルマダを突き飛ばして、ラディが駆け出てくる。


「おっと」


 と、アルマダがグラスを溢さないように、ひょいと身体を立て直す。

 ラディが飛び込むようにクレールの前で土下座して、


「クレール様! 私に死霊術をお教え下さい!」


 何だ? と皆が驚いていると、


「何卒! 娘に指導を!」


 と、ホルニも飛び込んできて、横に並んで土下座する。

 マサヒデ達が驚いてクレールの方を見ると、クレールは、にやあっと笑って、


「その心意気や良ーし!」


 と、顔を引き締めて、小さな身体で仁王立ち。


「ラディさん!」


「はあーっ!」


「知っての通り、魔術には向き不向きがあります!

 貴方には苦手な術かもしれません!

 それでも学びたいと仰るのですね!」


「ははぁー!」


「よろしい! お引き受けしましょう!」


「有難き幸せ!」


「ただーし! これから言う条件を飲むこと!」


「お聞かせ下さい!」


「ひとーつ! 授業は、お仕事をちゃんとしてからです!」


「はい!」


「ふたーつ! 授業はお昼以降! 午前中は、私も稽古の時間です!」


「はい!」


「みーっつ! 何か出来たら見せて下さい! 私も刀を勉強中です!」


「はい!」


「よーっつ! お出かけ中とかは授業が出来ません! 我慢して下さい!」


「はい!」


「以上! 守れますか!」


「はい!」


「よろしい! お二方! お立ちなさい!」


「はーっ!」


 びし! とラディとホルニが立ち上がる。

 皆、驚いて3人を見つめている。

 クレールがラディの腹の辺りを「ぽすぽす」と手の平で叩いて、


「死霊術の道は厳しいですよー! 何がしたいかは分かってます。

 『見る』というのは、死霊術でもそこそこ難しい技術です!

 しかーし! ラディさんには、見込みがあります!」


「恐縮です!」


「貴方の、刀を見ている時の、あの集中力!

 あれはすごいものがあります! びっくりしちゃいます!

 すっごく集中したまま、ずっと見ちゃってるんです!

 あの集中力を、死霊術の目に使うのです!

 これ即ち! あなたには見る為の目が既にある! という事です!」


 むん! とクレールが胸を張る。


「はっ! なっ・・・なるほど!」


 びし! とクレールはラディを指差し、


「貴方に必要なのは、瞼を開ける事だけ!

 私の教えは、貴方の瞼を開く事だけです!」


 マサヒデ達には、何かそれっぽい事を適当に並べているように聞こえるが、それがラディには強く響いたようだ。


「しっ・・・師匠!」


「今まで通り、クレールと呼ぶこと! これも条件にします!」


「クレール様! 感謝致します!」


「よろしい! では、今日はもう帰ってお休み下さい。

 早ければ、そろそろ酔い止めが切れる頃。切れたらぐらっときますよ。

 早く寝ないと、明日、マサヒデ様みたいな二日酔いで死にそうになります」


「二日酔いで? 死ぬ? マサヒデさんが?」


 クレールはにやりと笑い、


「んふふー。今日はカゲミツ様と随分お飲みになったのでしょう?

 明日になれば分かります。お父上にはお分かりですよね?」


 と、クレールがホルニを見ると、


「はい。何度も経験済みです」


 うん、とクレールが頷いて、


「さ、悪いことは言いません。今すぐ帰って寝た方が良いです。

 というか、寝なさい。明日は地獄です。少しでも軽くせねば」


「は! お気遣いありがたく! それでは失礼致します!」


「はい! ラディさん、おやすみなさい!」


 びしっと勢い良く頭を下げ、ホルニ一家が去って行く。

 マサヒデは歩いて行くラディ達をぼけっと見つめながら、


「クレールさん。何だったんです?

 ラディさんが、死霊術?」


「えっへっへー。お父様が言っておられましたよね? 新しい伝って!」


「ああ、言ってましたね。死霊術と関係あるんですか?」


「ありますよー。例えばですよ、マサヒデ様の雲切丸です!」


「雲切丸ですか?」


「あれを握って、死霊術の目っていうか、見るんですけど。

 とにかく、そういうので見てみると・・・すごいものが見えます!」


「すごいもの? どんな?」


「コウアンさんが見えます!」


「「「ええっ!?」」」


 マサヒデ、アルマダ、カオルが仰天して大声を上げた。

 コウアンが見える!?


「私が先程見た時は、神様にすごく真剣にお祈りをしてました。

 さて! ここでですよ・・・」


 3人がクレールに寄る。


「このコウアンさんのお仕事ぶり・・・見えちゃったりしたら・・・」


 は! と3人の顔が変わった。


「ま! まさか!」


 クレールがにっこり笑って、


「そうです! 私では鍛冶仕事はさっぱりですけど、ラディさんが見たら!

 他にも、すごい刀を打ってた人って、いっぱい居ますよね!

 そういうのが見れたら! 職人の技、いーっぱい盗めちゃったりしてー!」


 おお! とマサヒデ達が驚きの声を上げた。


「そ、そうか! そういうことだったのか!

 父上が・・・新しい伝が・・・これは、本当に出来てしまうかも・・・」


「すごい思い付きではありませんか!」


「クレール様!」


 アルマダとカオルもクレールの尊敬の目を向ける。

 マサヒデ達の後ろで、マツがタマゴを撫でながら、


「クレールさん、良い思い付きですよ。

 優れた職人さんを呼び出すのは難しいですけれど、見る事は出来ますもの。

 同じ職人さんなら、見るだけで色々分かりますよね」


 ふふーん、とクレールが胸を張り、


「えへへー。マサヒデ様、どうです? これ」


「ううむ! 感服しました・・・」


 マサヒデが腕を組んで頷く。


「お父様が言ってました。いくら酒天切の兄弟刀だからって、斬れすぎるって。

 何か変な霊が宿ってるとか、呪いじゃないかって、すごく心配してたんです。

 すごく真剣な顔で、怖かったくらいですよ」


「え?」


 父上がそんなに心配を?


「見てみたら、霊も宿ってないですし、変な感じもありませんでした。

 でも、ずっと真剣に祈ってたコウアンさんを見て、すぐに分かったんです。

 雲切丸には、コウアンさんの、強くて、真剣な気持ちが宿ってるんですよ。

 魔剣に、ラディさん達の気持ちが宿ったみたいに」


「そうか・・・そうだったのか・・・」


「イマイ様の強い気持も宿ってます。

 研ぎたい! お金を払っても! って言う程の、あの強い気持ち!

 すごい職人さんの、2人の気持ちが宿った刀なんです!

 だから、あんなに斬れる刀になったんですよ!」


 魔剣の変化を見たカオルにも、これは良く分かるのだろう。

 腕を組んで、うんうん、と頷いている。

 アルマダも神妙な顔で、


「マサヒデさん。大事にしないといけませんね」


 マサヒデも頷いて、


「はい。コウアンと、イマイさんの気持ちが宿っている・・・

 ただ貴重な刀だからって扱いじゃいけない。

 2人の気持ちが宿ってるんです。この気持ちを大事にしないと」


「その通り。物として大事にではなく、気持ちを大事に、ですね」


「はい」


 アルマダはにっこり笑って、


「あなたがそう向き合うのなら、あなたの気持ちもきっと宿りますよ」


「そうですね。いや、そういう向き合いでなければいけません」


 神妙な顔で、沁み沁みと話していると、


「おーい!」


 と、トモヤの声が響いた。


「む?」


 と声の方を向くと、大きな箱を両手に抱えて、トモヤが歩いて来る。

 マサヒデとアルマダが眉をひそめる。


「皆々様、そろそろ行かんか?」


「おい、トモヤ。まさか、余り物を包んでもらったのか?

 お前、まだ食い足りんのか・・・」


 トモヤはむっとして、


「違うわ。あいや、確かに余り物ではあるがの、ワシはもう満腹じゃ。

 これは騎士の皆様の分よ。

 昼から立ちっぱなしで、ずっと食っておらぬからの」


「お? 気が利くではないか」


 トモヤは少し恥ずかしそうにして、


「給仕の方々にも、最初は鼻で笑われたがの。

 騎士様方への差し入れと聞いて、喜んで包んでくれたわ」


 よいしょ、と箱を持ち直して、


「申し訳ないが、この通り、手が塞がってしもうておるで。

 アルマダ殿には、酒の方を手伝ってもらえんかの?

 目の前で皆が呑んでおるのに、皆様、我慢しておったしの。

 酒も持って帰らねば、あまりにもお可哀想じゃ」


「ははは! そうですね! 2、3本、貰ってきましょうか!」


「では、アルマダ殿、ワシは歩きじゃで、先に行かせてもらうが良いかの?」


「ええ。気を使って頂き、ありがとうございます」


「なあに、皆様にはいつも世話になっておるしの!

 この程度、当たり前の事よ! それでは、お先に失礼じゃ!」


 わはは! と大きな笑い声を人の少なくなったレストランに響かせながら、トモヤも去って行った。

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