第20話 貸出条件 3人の冒険者・1
メイドの案内でロビーに戻り、受付嬢に声をかける。
受付嬢は「きゃー!」といって飛び上がり、手早く受付を閉めた。その目は子供のようだ。
マツモトが3人を選定した時に、3人との腕試しの話は冒険者達に知れたのだろう。ロビーを通る時、冒険者たちの緊張した視線を感じた。
廊下を進み、奥の頑丈な扉の前、その横のドアにメイドが立ち、どうぞ、と手を出した。
「こちら、準備室となっております。練習着を用意してございますので、どうぞお着替え下さい」
「得物はどうしましょう」
「今回は訓練用のものでお願いします。中にいくつか用意されておりますので、お好きな物をお選び下さい。マツモト様からは『稽古をつけてやるつもりで願います』と言伝てを預かっております」
「分かりました」
「治癒師も控えさせております。多少厳しくなさってもらっても結構です」
「多少厳しく、ですか。マサヒデさん、いつもみたいに頭を割らないように気を付けて下さいよ」
「ええっ!?」
受付嬢が驚いて顔をこわばらせる。
メイドも目を見開いている。
「い、いや、お二方、そんな事はしませんよ! アルマダさん!」
「ふふふ、冗談ですよ。お二人とも、ご安心下さい」
アルマダは受付嬢の方を向いて、にこっと笑った。
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ドアを開けて中に入ると、長椅子がいくつか置いてあり、部屋の真ん中の机の上にマサヒデが道場で使っていた道着のような服が、何着か綺麗にたたまれて準備されていた。
マサヒデは服を脱いで綺麗にたたみ、左腕に巻いたボロ布から五寸釘を抜いて、ボロ布に包んで畳んだ服の上に置き、無造作に1着を手に取って着替えた。
アルマダは着込みを着ているので、少し手間取っているようだ。
今回は相手に魔術師がいる。
初めて戦うので、これはマサヒデにとってもよい稽古となるはずだ。
力試しの実戦なら相手が手を出す前に押さえてしまうのも良いが、今回は実際にどのような戦い方をするのか、しばらく観察したい。
訓練用の武器は、色々な種類のものが並んでいる。短剣、剣、槍、棒、大刀に薙刀、弓に鉄砲まで色々な物がある。小さな宝石のようなものがついている杖は、魔術師用か。
今回は実際にマサヒデが持っているものと同じ物で良いだろう。
並んでいる木刀の一つを手に取り、これで良いと思った。
「マサヒデさん」
着替え終わったアルマダが後ろから声をかけてきた。
「手裏剣はどうします」
「あ、そうでした。どうしましょうか」
「ええと・・・棒手裏剣・・・」
「ありました。良かった。ちゃんと先が丸めてあります。訓練用ですね」
と、そこで困った。
マサヒデの腕に巻いてある釘は、腕を振っても抜けないように釘の頭を布に引っ掛けてある。
普通の棒手裏剣を巻いたら、腕を振ったら抜けてしまう。
アルマダにそれを告げると、
「うーむ、どうしましょう?」
と首をひねった。
そこに、とんとん、とノックの音がして、
「準備はお済みですか」
と、メイドの声がした。
「すみません、少々お待ちいただけますか」
と、アルマダが返す。
あまり待たせてもいけない。さて、どうしたものか。
木刀だけで行ってもよいが、せっかくの機会、出来れば同じ得物で立ち会いたい。
「何かお困りですか?」
再び、メイドが尋ねる。
「今回は木刀だけで行きますか?」
「うーん、せっかくの機会です。出来れば同じ得物で行きたいのですが・・・」
がちゃ、とドアが空き、メイドが顔をのぞかせた。
「失礼します。何かお困りごとのようですが、私にお手伝い出来ますか?」
「いや、その・・・」
「すみません、実は・・・」
と、アルマダが話し出した。
遅くなる事情をマツモトに伝えてもらおうと思ったのだ。
メイドはたたまれた服の上のボロ布を見て、
「事情は分かりました。ちょうど良いものがございます。こちらをお使い下さいませ」
そう言って、袖をまくった。
袖には革の腕巻きのようなものが巻いてあり、そこに棒手裏剣を止める小さな穴があって、ぐるりと手裏剣を巻いてある。
「サイズが合えばよろしいのですが」
そう言ってメイドは腕巻きを外し、机の上に置いた。
全体に棒手裏剣が巻いてあるので、それなりに重いのだろう。ぎし、と机が小さな音を立てた。
「・・・」
マサヒデもアルマダも驚いた。
「・・・ここでは、メイドはこんな物を身に着けておられるのですか」
「まあ、物騒な仕事もございますから、物騒な冒険者もおります。何があるか分かりませんので」
「・・・」
「念のため申しますが、このギルドの建物内でこちらを使うようなことになったことはございません。ご安心下さい」
「そういうことではありませんが・・・」
「い、いや。その・・・お申し出、ありがたく使わせて頂きます」
「お役に立てて幸いです。では、お待ちしております」
ぺこり、と頭を下げ、メイドは出て行った。
「・・・」
「準備、しましょうか・・・」
マサヒデは借りた腕巻きの棒手裏剣を1本づつ丁寧に抜いて机の上に並べ、訓練用のものに差し替えた。
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「遅くなりまして、申し訳ありません」
訓練場に入り、マサヒデとアルマダが頭を下げると、マツモトは「構いません」、と腕を振った。
「彼女に事情は聞きました。こちらの準備に手落ちがあったようですね」
「いえ、先にこちらが得物を伝えておくべきでした」
「皆様方も、大変お待たせしまして、失礼致しました」
と、長椅子に座った訓練用の鎧を着た3人と、訓練着の1人に頭を下げた。あれが治癒師だろう。
3人の1人が慌てて立ち上がり、
「そんな! トミヤス様にお相手頂けるだけで、こちらは感謝していますので!」
その通りです、と残りの2人も立ち上がって、逆に頭を下げられた。
マツモトはその3人を見て笑顔になり、マサヒデに向き直った。
「本日ギルドに来ておりました中で、私が見てそれぞれの職で一番腕の立つ者をそれぞれ集めましたが・・・まあ、稽古をつけてやって下さい」
「稽古をつけるなど・・・こちらこそ、よろしくお願いします」
マツモトはこくり、と頷き、3人の方を向いた。
「さて、皆さん、今回はこちらのアルマダ=ハワード様が審判を務めて下さいます。『ハワード』と聞いて分かるかと思いますが、ハワード家の方です。こちらもトミヤス流で5年以上鍛錬されたお方です。良く言われる『貴族剣法』などではなく『本物』の方です。失礼のないように」
「「「はい!」」」
「では、まず君から。あなたたちは呼ばれるまで少し離れて見ているように」
「「はい!」」
マツモトは扉の近くにいるメイドと受付嬢の方を向き、
「君たちはそこから離れないように」
「さ、それでは始めましょうか。トミヤス様。真ん中へよろしくお願いします」
「はい」
マサヒデは広い訓練場の真ん中へと歩いていった。
後ろにアルマダとマツモトが並び、その後ろに剣を持った冒険者が着いてくる。
十分な広さだ。飛び道具を得意とする者も、力を発揮できるだろう。
「さて、ここらで良いでしょうか」
マツモトが言って、足を止めた。
「では、よろしくお願いします」
そう言ってマサヒデは相手に頭を下げ、木刀を片手で持ち、剣先をぶらん、と下げた。
(おっと)
さすがにちゃんと向き合わなければ礼を欠くかな・・・
そう思って正対して木刀を両手に持ちなおし、下段に剣先を下ろした。
剣先が少し右を向いた、いわゆる無形だ。
相手は剣を中段に構え、緊張した面持ちだ。
横で見ているマツモトにも、あ、これはすぐ終わるな、と分かった。
「はじめ!」
アルマダの声がかかると同時に、冒険者が無言で突きを出してきた。さすがにマツモトが選んだ者というだけはある。速い突きだ。
つい、と半身になってマサヒデは突きを躱す。道着を剣が掠めた。
冒険者は突いてきた剣を残してぐっと身体を沈め、身体を起こしながら切り上げてきた。
これも速い。マサヒデは、くいっ、と上体を少しだけのけぞらせて、切り上げを躱した。
振り上がりきる前に木刀が相手の喉にとん、と置かれ、マサヒデの顔の前で剣が止まった。
「う・・・」
「それまで!」
アルマダの声が響く。
わあー、と、扉の前の受付嬢が声を上げた。長椅子に座っていた2人は呆然としている。
「さすがですね。彼では相手になりませんか」
マツモトが声をかけ、冒険者はがっくりと膝をついた。
「いや。素晴らしい突きの速さと切り上げ。うちの道場でもこれほどの者は少ない」
「ははは、お世辞は結構です。君、下がりなさい」
「・・・」
冒険者は肩を落とし、とぼとぼと歩いていった。
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